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恋を知る

ぐっすり眠ったからか、熱はすっかり落ち着いていた。


侍女に朝食をどうするか尋ねられて、私は迷わず答える。


「もちろん旦那様と一緒にするわ」


昨日の失態を、早く謝らなくては。


「かしこまりました」


身支度を整え、旦那様から贈られた淡い色の部屋着に袖を通す。

本当に、何着あるのかしら。

どれも屋敷の中で過ごしやすく、上品で、柔らかくて。

私には勿体ないくらい素敵な服ばかりだ。


朝食室へ向かおうと部屋の扉を開けると、そこには旦那様が立っていた。


朝から眩しいわ。


「おはようございます」

「ああ、おはよう、リリアーナ。熱はどうだ?体調は?」

「もう下がりました。とても元気です!」


そう答えると、旦那様は本当に安心したように息を吐いた。


「そうか……良かった。朝食を一緒しても?」

「もちろんです!」


旦那様は自然に私をエスコートしてくれる。

さりげない仕草なのに、どうしてこんなにも格好良いのかしら。


だめよリリアーナ。

もう気絶してはいけないわ。

自分に言い聞かせながら平静を装う。


朝食は病み上がりでも食べやすい優しい味のものばかりだった。

きっと料理人たちも気を遣ってくれたのだろう。


「リリアーナ、今日は執務室でゆっくり過ごそう」

「はい! 本を選んでからお伺いします」

「いや、一緒に図書室へ行く。また倒れたら心配だ」


顔が熱くなる。


「あ、あれは旦那様にドキドキしてしまって……! すみませんでした……!」


すると旦那様は声を上げて笑った。


「ははは! いや、いい。私こそすまない。リリアーナが可愛すぎて抑えられなかった」


ひゃっ。


旦那様の笑顔。

それに今、可愛いって。


私が真っ赤になって固まると、執事が静かに咳払いをした。


「閣下。また奥様が限界になられます」

「そうか。続きはあとでにしよう。今は朝食を食べよう」


続き?

あとで?

なにが?


もうすでに限界だった。

私は顔を伏せたまま、静かにスープを飲んだ。


◇◇◇


図書室は落ち着く。


紙の匂い。

本棚の静かな圧迫感。

どれを読もうか迷う時間。


旦那様も隣にいるが、お互い無言のまま本を探す時間すら心地良い。


私は三冊の本を選んだ。

恋愛指南書。

難解な計算本。

小鳥の図鑑。


恋愛指南書は……その……勉強のため。

計算本は心を無にしたい時用。

小鳥の図鑑は癒やし。


完璧だわ。


だが選んだ本を見た旦那様が、ぴたりと動きを止めた。


「恋愛指南書?」


しまった。


「リリアーナが恋愛を学びたいのなら、いくらでも教えよう。まずは自分がどれだけ愛されているのか」

「っ!?」


気づけば三冊とも旦那様に持たれていた。

さらに空いた手で私の手を取ると、そのまま長椅子へ誘導される。


「リリアーナは“好き”という感情が分かるか?」


両手を優しく包み込まれる。


近い。

声も近い。

心臓がうるさい。


「相手に触れたい。近くにいると嬉しい。ドキドキする。ずっと一緒に居たい。守りたい」


旦那様の指が私の手をゆっくり撫でる。


「そして、俺が君に抱いているこの感情が“好き”だ」


真っ直ぐ見つめられる。

逃げられない。


「リリアーナ、君が好きだ」


頭が真っ白になった。


「だからこれから俺が、愛を持ってきみに恋愛を教えてあげよう」


えっ。


えっ?


脳が理解を拒否している。


旦那様が?

私を?

好き?


その間も旦那様は穏やかな声で続ける。


「怖がらなくていい。ゆっくりでいいから——」

「あ、あの! 旦那様!」


私は耐えきれず叫んでいた。


「私は恋愛も好きも身をもって理解しております!」


空気が止まる。


「……え?」


旦那様の目が細まる。


「それは誰だ」


声が低い。


「ここしばらく外には出ていない。となると屋敷の者か? 厨房の男か?まさか執事じゃないだろうな」


空気が冷えた気がする。

でも今それどころじゃない。


「旦那様です!」


勢いよく叫ぶ。


「もうずっと旦那様が好きで、どうしたら良いのか分からないんです!」


涙まで出てきた。


「近くにいると苦しくて、嬉しくて、心臓がうるさくて、でも嫌じゃなくて……!」


旦那様の表情が消えた。


えっ。

やっぱり迷惑だった!?


「や、やっぱり私から好かれるのはご迷惑でしたか!? それなら今すぐ好きじゃなくなる努力を——」

「そんなことない!」


強く抱き寄せられる。


「今、リリアーナは私が好きだと……それは恋愛感情の好きか?父親や兄のようなものではなく?」

「旦那様が好きです。愛しています」


言った瞬間、自分でも心臓が止まりそうになった。


恥ずかしい。

死ぬ。

無理。


落ち着かなきゃ。

そうだ、計算本。


伸ばした手は即座に旦那様に捕まえられた。


「夢のようだ……まさかリリアーナから好きだと言ってもらえるなんて」


旦那様の声が震えていた。


「今さら嘘だと言うのはやめてくれ。心臓が止まりそうだ」

「本当です。旦那様が好きです。なので心臓は止めないでください。

わ、私も旦那様が居なくなったら生きていけません……」


旦那様はしばらく呆然としていた。

それから、ゆっくり私の額に額を寄せる。


「絶対に止めない」


低く、優しい声。


「これからも二人、この屋敷で生きていこう」


その瞳が熱っぽく細められる。


「いや、二人きりの小さな家を建てても良い」


ぎゅっと手を握られる。


「リリアーナ。君を生涯大切にする。だからずっとそばに居てくれ」


胸がいっぱいになる。


「もちろんです」


私は笑って答えた。


「私こそ、ずっと旦那様のお側に居させてください」

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