公爵の熱-アルヴェインside-
アルヴェイン・クローディアは深いため息をついた。
リリアーナが熱を出した。
原因は明白。
自分だ。
「閣下、やりすぎです」
執事から冷静に告げられる。
「奥様は恋愛ごとに慣れておられません。あまり一気に距離を詰められると耐えきれませんので」
「…………」
しかし、仕方がないではないか。
リリアーナが可愛すぎるのだ。
少し近寄るだけで照れたように笑い、
触れれば顔を真っ赤にする。
あんな反応をされて、理性を保てという方が難しい。
――ああ。
彼女の頭の中を全部、自分で満たしたい。
自分だけを考えて、
自分だけにどきどきして、
自分だけを求めて欲しい。
そのくらい愛おしい。
熱を出したと聞いてすぐに部屋へ向かおうとした。
だが、
「お止めください」
「今はご遠慮くださいませ」
執事と侍女に止められてしまった。
「……なぜだ」
「今お顔を見せれば、熱が悪化します」
「…………」
それは困る。
リリアーナを苦しませたいわけではない。
ただ可愛くて、
愛しくて、
もっと反応が見たくて。
少し甘やかしただけなのだ。
……少し?
執事の視線が痛い。
「閣下はご自身の“少し”を再確認された方がよろしいかと」
「…………」
納得はいかないが、確かに今日はやや浮かれていた自覚はある。
リリアーナが“どきどきする”と伝えてくれたから。
しかも嫌ではないと。
あれは反則だ。
嬉しすぎる。
あんなことを言われて平静でいられる男がいるだろうか。
いや、いない。
少なくとも自分には無理だった。
結局、今は執事に見張られながら執務をするしかない。
ペンを走らせながらも、思考はずっとリリアーナへ向いていた。
――いっそ。
好きだと告げてしまおうか。
そうしたら嫌でも自分を意識するだろう。
きっと今のリリアーナは、自分への感情にまだ名前をつけられていない。
大切。
安心する。
一緒にいたい。
そこまでは理解している。
だがそれが恋愛感情だとは、まだ確信できていない。
なら、自分が教えてしまえばいい。
“好き”とはどういうものか。
“愛される”とはどういうことか。
喜んでくれるだろうか。
それとも困らせてしまうだろうか。
どちらにせよもう逃してはあげられない。
逃がす気もない。
リリアーナが望む穏やかな生活も、
大量の本も、
安心できる家も。
全部自分が与える。
だから、
自分の隣にいてほしい。
執務をしながらアルヴェインは小さく笑った。
最近、仕事の効率が異様に良い。
理由は単純。
リリアーナがいるからだ。
早く終わらせれば、その分リリアーナとの時間が増える。
逆にリリアーナがいないと、彼女のことばかり考えてしまう。
今まさにそうだ。
もちろん、リリアーナへそんな情けない話は聞かせられないから仕事は完璧にこなしているが。
ふと昼のことを思い出す。
リリアーナの作ったクッキー。
相変わらず美味しかった。
優しい甘さだった。
――ああ。
リリアーナごと食べてしまいたい。
思わず危険な考えが浮かび、アルヴェインはこめかみを押さえた。
駄目だ。
怖がらせてはいけない。
リリアーナは繊細だ。
少しずつ。
ゆっくりと。
大切に。
丁寧に。
自分へ慣らしていかなければ。
そうして今夜もまた、愛しい妻の部屋へ向かいたい衝動を必死に耐えながら、公爵は黙々と仕事を続けるのだった。




