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甘すぎる旦那様

花の香りが漂う庭園。


穏やかな風が吹く中、リリアーナは隣に座る旦那様を見て、ずっと心臓が落ち着かなかった。


旦那様と一緒に焼いたクッキー。

本当なら楽しくお茶をするだけのはずだったのに。


「はい」


そう言って旦那様がクッキーを一枚持ち上げ、そのままリリアーナの口元へ差し出してきた。


「…………え?」


固まる。

旦那様は自然な顔だ。

待っている。

ひぇ。

これ、食べるまで手を下ろす気がないわ。


「だ、旦那様……」

「ん?」


優雅に微笑まれる。

無理だわ。

顔を真っ赤にしながら、そろそろと口を開く。

旦那様の手作りクッキーをいただいた。


さくり。

ほんのり甘い香りが広がる。


「……お、美味しいです……」


声が小さくなる。

すると旦那様は穏やかに笑った。


「そうか、良かった」


――もう無理かもしれない。

旦那様が甘すぎて溶けてしまいそうだわ。


リリアーナが混乱しているうちに、今度はアルヴェインが当然のように口を開いた。


「さあ、次はリリアーナのをくれないか?」

「えっ」


思わず固まる。

旦那様が指差したのは、リリアーナが型抜きしたクッキー。

そして次に、自分の顔。

交互に見る。

え。

これは、

私も手ずから旦那様に食べさせる、ということ!?


「あ、あの、旦那様……」

「うん?」

「わ、私、こういうのに慣れておらず……申し訳ありません……」


涙目で訴える。


「慣れていたら困る」

「…………」


心臓が跳ねた。

旦那様は小さく笑う。


「リリアーナから食べさせてもらうのは、また今度の楽しみにしておくよ」


どうやら今回は諦めてくれたらしい。

安心した。


……と思ったのに。


「はい、次」


また口元へクッキーが差し出された。


「…………」


結局その後も旦那様は当然のようにリリアーナへクッキーを食べさせ続けた。


リリアーナは訳も分からないまま、顔を真っ赤にして食べる。

心臓が忙しい。


「あ、あの、旦那様……」

「どうした?」


勇気を出すのよ。

今言わないと、ずっとどきどきしっぱなしになるわ!


リリアーナはぎゅっとスカートを握った。


「最近ずっと、距離が……その、近くて……」

「うん」


旦那様が優しく続きを待ってくれる。


「嫌だった?」

「い、いえ!」


慌てて首を横に振る。


「嫌ではなく……!」


すると旦那様は満足そうに頷いた。


「なら良いよね」

「いえ、その、そういう問題では……!」


うう、この人ずるいわ。


「このままでは、その……どきどきしすぎて、心臓が止まってしまいますわ……」


そう訴えると旦那様がふっと笑った。


「はは」


低く甘い声。


「どきどきしてくれるのは嬉しいが、心臓が止まるのは困る」


そして、

まるで当たり前のように。


「君が居ないと、私はもう生きていけない」

「ひぇ……」


限界だった。


頭が真っ白になる。


旦那様が近い。

甘い。

優しい。

かっこいい。


もう無理。


そのままリリアーナは、ふらりと揺れて。


「リリアーナ!?」


庭で意識を失った。


◇◇◇


次に目を覚ました時、見慣れた天井が目に入った。


「あ……」


自室だ。

どうやら部屋へ運ばれてきたらしい。


――あぁ……。

なんたる失敗をしてしまったのかしら。

庭で気絶するなんて。

しかも理由が旦那様に優しくされすぎて。

は、恥ずかしすぎる。

きっと呆れられてしまったわ。

ちょっと甘やかされたくらいで気を失うなんて、公爵夫人失格だわ……。


しゅんとしながら身体を起こす。

すると待機していた侍女がすぐ近寄ってきた。


「奥様、お水をどうぞ」

「ありがとう……」


受け取って少し飲む。

確かに身体が熱い。

ぼんやりする。


侍女が優しく微笑んだ。


「熱も出ております。今日のお夕飯はお部屋で召し上がりましょう」

「……はい」


いつもなら旦那様と一緒に食べる時間だ。

でも熱を移してはいけない。


それに、もしかしたら旦那様は呆れてしまったかもしれない。

あんな風に倒れるなんて。

恥ずかしい。


リリアーナが悲しそうな顔をすると、侍女が少し困ったように笑った。


「奥様」

「はい……」

「奥様はよく頑張りました」

「……え?」

「旦那様が手加減できなかったことが原因です。

ですので、気に病まないでくださいね」


リリアーナはぱちぱち瞬いた。


「いえ、でも……私がもっと、こういうことにも慣れていたら……」


そう言うと。

侍女が真顔になった。


「それはそれで大変なことになるかと」

「えっ」

「旦那様が」

「…………」


なんだか、よく分からない。

熱で頭がぼんやりしていて、うまく考えられなかった。


その日、旦那様が部屋へ来ることはなかった。

きっと仕事が忙しいのだろう。

あるいは、やっぱり呆れられてしまったのかもしれない。


少しだけ胸が痛くなる。

寝付けないかも、と思っていた。

だが熱のせいか身体が重い。

目を閉じると、すぐに意識が沈んでいく。


最後に浮かんだのは優しくクッキーを差し出してくれた旦那様の顔だった。

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