一緒にクッキー作り
朝、目を覚ましたリリアーナは、身支度を整えながら侍女へ話しかけた。
「ねえ」
「はい、奥様」
「最近、旦那様がとても近いの」
侍女がにこにこしている。
「なんだかずっとどきどきしてしまって……」
鏡越しに自分の顔を見る。
少し赤い気がする。
「このままじゃ、変な女だと思われてしまうわ……」
すると侍女は即答した。
「大丈夫です」
早い。
「それにプレゼントだって、旦那様から頂いてばかりでしょう?」
「ええ……」
最近毎日のように何か届く。
しかも全部、リリアーナの好みだ。
「私も何かお返ししたいわ」
すると侍女がぱっと顔を明るくした。
「それでしたら、久しぶりにクッキーを焼くのはいかがでしょう?」
「……!」
リリアーナも顔を輝かせる。
「そうだわ!そうしましょう!」
◇◇◇
朝食の席、早速旦那様に報告した。
「今日はクッキーを作ろうと思うので、執務室へは行きませんね」
すると旦那様の手が止まった。
「……クッキー?」
「はい」
「では私も行こう」
「えっ」
思わず固まる。
「これは、その……日頃のお礼を込めて作るので……」
「だから一緒に作りたい」
旦那様は真顔だった。
「私もリリアーナへ手作りのクッキーを贈りたい」
「…………」
そんなことを真顔で言われたら断れない。
結局、今日は旦那様と一緒にクッキー作りをすることになった。
◇◇◇
問題が発生した。
旦那様が近い。
近すぎる。
慈善活動を始めた時よりもクッキー作りには慣れていた。
形も綺麗に作れるようになっていたし、失敗も少ない。
なのに、今日は駄目だ。
隣に旦那様がいるだけで心臓が落ち着かない。
型抜きをしていると。
「その型も可愛いな」
すぐ近くから声がする。
距離が近い。
近い近い。
しかも、頬についた小麦粉を。
「動くな」
そっと指で拭われた。
「…………」
無理。
心臓が無理。
顔が熱い。
「リリアーナ?」
「な、なんでもありません!」
絶対変だわ私。
その後もぴたりと隣へ立たれたり。
型抜きした生地に飾りをつけている手元を覗き込まれたり。
落ち着かない。
やっとの思いでオーブンへ入れ終える頃には、ぐったりしていた。
◇◇◇
「着替えてまいります……!」
小麦粉まみれの服のまま、リリアーナは逃げるように部屋へ戻った。
そして扉が閉まった瞬間。
「ねえ!!」
侍女へ詰め寄る。
「私、変じゃなかったかしら!?絶対変だったわよね!?どうしましょう!」
「奥様、落ち着いてください。どこも変ではありません。
むしろ大変お可愛らしく、旦那様も楽しそうでした」
「そ、そうかしら……?」
思い返す。
確かに旦那様は楽しそうだった。
なら良いのだろうか。
少し安心する。
すると侍女がぽつりと言った。
「それから、素直に伝えてみるのも良いかと」
「え?」
「旦那様が近いとどきどきしてしまう、と」
「えっ」
声が裏返った。
「そ、そんな恥ずかしいことを!?」
侍女はにこにこしている。
「喜ばれますよ」
「無理よ!」
「大丈夫です。旦那様は奥様をとても大切にされています」
リリアーナは少し俯いた。
「でも、それは婚約時の約束があるからで……
保護対象として守ってくださっているだけでは……」
すると侍女がきっぱり言った。
「そんなもの、ただの口実です」
「……え?」
「旦那様の心を見て差し上げてください」
その言葉が、胸へ残った。
◇◇◇
頑張ってみよう。
そう思った。
……思ったのだけれど。
勇気が出ない。
着替えを済ませ、執務室へ戻る。
すると旦那様はもう仕事へ戻っていた。
忙しいのにわざわざ一緒にクッキーを作ってくれたんだ。
胸がじんわり温かくなる。
旦那様が顔を上げた。
「リリアーナ」
「はい」
「クッキーが焼けたら今日は庭で食べよう」
「……!」
嬉しくて自然と笑顔になる。
「はい!ありがとうございます!」
◇◇◇
だがその後の三十分。
リリアーナは本を一ページも読めなかった。
手には本を持っている。
でも頭の中では、ずっと侍女の言葉がぐるぐるしていた。
――素直に。
――旦那様の心を見て差し上げてください。
素直に。
素直にって。
どうやって?
考えれば考えるほど分からない。
そしてクッキーが焼き上がった。
すぐに庭へティーセットが用意される。
花の香り。
穏やかな風。
隣に座る旦那様。
どきどきする。
そんな中、旦那様がクッキーを一枚持ち上げた。
そして。
「はい」
そのまま、リリアーナの口元へ差し出してきた。
「…………え?」
固まる。
旦那様は自然な顔だ。
待っている。
これは、
つまり、
食べさせてくださる、ということ……?




