温室のダンス
工事が終わってから、また穏やかな日々へ戻った。
アルヴェインは執務室で仕事。
リリアーナはその近くで読書。
変わらない毎日。
ただ、新しくできた温室へ行く時間が増えた。
あの場所は本当に素敵な場所だ。
本を読むだけでも幸せになれる空間。
……なのだけれど。
問題がある。
旦那様と二人きりでいると、恋愛小説を思い出してしまうのだ。
温室の椅子へ並んで座る。
ふわり、と甘い花の香り。
そこへ混ざる旦那様の香りが、妙に意識へ残る。
近い。
落ち着かない。
恋愛小説で読んだ場面みたい。
そんなことを考えてしまって、顔が熱くなる。
「どうした?」
旦那様がこちらを覗き込んできた。
「少し顔が赤いな。陽に当たりすぎたか?」
「い、いえ!」
慌てて首を振る。
「大丈夫です」
心を落ち着けよう。
そう思って植物図鑑を開いた。
「この温室、本当に素敵です」
誤魔化すように笑う。
「夢みたい」
すると旦那様は少しだけ目を細めた。
「君が気に入ってくれて良かった」
その言い方が優しくて、またどきどきする。
……だめだわ。
最近、本当に旦那様を意識してしまう。
◇◇◇
気持ちを誤魔化すため、時々花の名前当てをして遊んだ。
「旦那様、この花は?」
「アストラ」
「ではこれは?」
「白百合だな」
全部正解される。
「すごいです……」
思わず感心してしまう。
「花のお名前まで完璧なのですね」
旦那様は少し困ったように笑った。
実際には、アルヴェインはそこまで花に詳しいわけではなかった。
ただ、リリアーナの目に留まる花を把握していただけだ。
庭の花。
温室の花。
リリアーナが好きそうなものは、全部覚えていた。
◇◇◇
その後、執務室へ戻る。
アルヴェインは仕事。
リリアーナは読書。
いま読んでいるのは恋愛小説。
しかも、
……これ、旦那様に似ている方のお話だわ。
寡黙で過保護で、とても優しい。
読めば読むほど顔が熱くなる。
すると、
「何を読んでいるんだ?」
旦那様が声をかけてきた。
「それは恋愛小説か?」
「えっ」
「良い男でもいたのか?」
「…………」
心臓が止まりそうになった。
まさか、
“旦那様に似ていてどきどきしていました”
なんて言えるわけがない。
「い、いえ、その……」
どもってしまう。
すると旦那様は少し黙ってから聞いた。
「君は恋愛がしたいのか?」
「えっ」
恋愛。
その言葉だけで顔が熱くなる。
したい……と言うか。
もうきっと。
私は旦那様に恋愛感情を抱いている。
でもこんな感情を向けられても、旦那様は困るのではないだろうか。
だって旦那様はずっと優しい。
きっと引きこもりの年下の妻を大切に守ってくれているだけ。
「えっと、その……」
答えられずにいると旦那様は静かに頷いた。
「……分かった」
何が?
全然分からない。
そう思っている間に、旦那様は執事へ何かを伝えていた。
◇◇◇
それからだった。
毎日、旦那様から贈り物が届くようになったのは。
朝起きれば花。
昼には王都の有名なお菓子。
時にはドレス。
アクセサリー。
可愛らしい雑貨。
しかも同じ屋敷にいるのに、わざわざ届けられる。
……何故?
「あの、旦那様」
リリアーナは恐る恐る尋ねた。
「ありがとうございます。ですが私は何も不便ありませんので、お気になさらず……」
すると旦那様は即答した。
「私が贈りたくて贈っている」
真っ直ぐこちらを見る。
「だから受け取って欲しい」
そんな風に言われたら断れない。
しかもその後、
「それと」
旦那様が少しだけ視線を逸らした。
「今日は運動がてら、一緒にダンスを踊ってくれないか?」
「ダンス?」
驚く。
「夜会があるのですか?」
「いや」
旦那様は静かに言った。
「公爵邸で……あの温室でどうだろう」
「まあ!」
思わず声が弾んだ。
温室でダンス。
なんて素敵なのだろう。
しかも旦那様と。
「ぜひお願いいたします!」
旦那様が少し安心したように微笑んだ。
◇◇◇
その夜リリアーナは旦那様から贈られた新しいドレスへ袖を通していた。
侍女たちが髪を整えてくれる。
鏡を見る。
……家から出ないのに、おめかししているわ。
なんだか不思議。
でも少し嬉しい。
そして旦那様を見た瞬間、また顔が熱くなった。
かっこいい、ずるい。
普段も素敵なのに、今日は特に駄目だ。
温室では侍女がピアノを弾いてくれていた。
優しい旋律。
花の香りに柔らかな月の光。
そして旦那様の手。
「失礼する」
そっと腰へ添えられる。
近い。
身体が近すぎる。
心臓がうるさい。
けれど旦那様に合わせて踊る時間は、とても楽しかった。
くるりと回るたび、旦那様が優しく支えてくれる。
まるで物語の中みたい。
ずっと緊張していた。
でもそれ以上に、とても幸せだった。




