これで良い-アルヴェインside-
アルヴェイン・クローディアは、リリアーナが襲われたと知ったその日のうちに、相手貴族の家を徹底的に洗わせた。
身辺、金の流れ、交友関係。
過去の問題行動。
全て。
当人は最初、
「少し挨拶をしただけだ」
と言い張っていたらしい。
だが、孤児院の証言もある。
護衛の証言もある。
周囲の人間も見ていた。
酒入りの菓子。
無理な接触。
馬車への誘導。
暴言。
言い逃れなどできるはずがなかった。
公爵夫人へ無礼を働いたのだ。
当然、即座に処分された。
アルヴェインとしては生ぬるいくらいだったが。
それでも今は、リリアーナの安全が最優先だ。
その後、王宮へも直接話を通した。
陛下は執務室で、アルヴェインの報告を静かに聞いていた。
「……王女には厳重注意をしておく」
「二度と妻へ接触させないでいただきたい」
低い声。
「もちろんだ」
陛下も今回ばかりは完全に王女側の落ち度だと理解していた。
だが問題はその後だ。
「妻は大変傷ついております」
アルヴェインは淡々と言った。
「今後、社交への参加は難しいでしょう」
「……アルヴェイン」
「よって、今後我が公爵家へ招待状は不要です」
陛下が眉を寄せる。
「落ち着いたらまた考えれば――」
「不要です」
即答だった。
「王家を含め、全ての招待を辞退します」
「お前な……」
「妻を危険へ晒すくらいなら、社交など必要ありません」
空気が静まる。
しばらく睨み合った末。
最終的に、陛下は深いため息を吐いた。
「……分かった」
そうして正式に、
“公爵家への社交招待は当面不要”
という形で話を通させた。
もちろん完全な前例などない。
だがアルヴェインは押し切った。
これで良い。
もう煩わしい断りの手紙を書かなくて済む。
その時間を、リリアーナと過ごせばいい。
仕事の体制も変えた。
会議や王宮対応は仕方ない。
だが書類仕事は可能な限り屋敷で行う。
リリアーナの近くにいたい。
いや、目の届く場所へ置いておきたい。
あの日のことを思い出すだけで、未だに胃が冷える。
リリアーナは強かだ。
あんなことがあったのに、本人はそこまで気にしていない。
だからこそ怖い。
もし護衛がいなかったら。
もし相手が武器を持っていたら。
もし薬でも飲まされていたら。
考えるだけで吐き気がした。
リリアーナは危機感が薄い。
ならば、自分が守るしかない。
家の中なら安心だ。
誰にも触れさせずに済む。
そうだ、図書室をさらに広げよう。
温室も増設してもいい。
菓子職人も追加で雇おうか。
リリアーナが一生外へ出なくても困らないように。
屋敷をもっと快適にしよう。
執事や使用人たちは、おそらく勘違いしている。
“事件があったから一時的に過保護になっている”
その程度に思っているのだろう。
違う。
アルヴェインは本気だった。
もう二度と外の危険へ晒したくない。
誰にも近づけたくない。
もう一生離さない。
孤児院へも、
“今後は使用人が支援物資を届ける”
と正式に話を通した。
リリアーナは少し寂しそうだったが、拒否はしなかった。
優しい妻だ。
帰宅後。
読書をしながら、リリアーナはぽつりと言った。
「幸せ」
その瞬間アルヴェインの胸から、どろどろした不安が少しだけ消えた。
そうだ。
これで良い。
外は危険だ。
リリアーナは家の中で、本を読んで、穏やかに笑っていてくれればいい。
それだけでいい。
それだけで、十分幸せなのだから。




