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聖獣の庭、あるいは忘却曲線  作者: 蒼乃モネ
第六章 王権のカタストロフィ;アルカディア
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第13話 娼館通り

 ハークはいつもどおり騎士団内での一日を終えると、外出許可を取り、領内を出た。

 天気は悪く、空はぐずついていた。普段着に外套をはおり、王都の宮殿から遠ざかる。

 徐々に街の景色が変化してゆくのがわかった。斜面の多い入り組んだ地形になり、通路は狭い。かと思えば、がらんとしているが、水はけが悪くじめじめとした場所もあった。

 人々は、暗い目をしていた。むしろの上に座す物乞い、ぼろきれを集めて小屋を作り、そのなかから往来を覗く者。煉瓦造りの立派な建物はたいていが娼館か、紡績工場だった。

 ―街や国が違えど、どこも一緒なんだよな。

 ハークはたびたび呼び止められるのを避けるため、足早に通り過ぎることにした。

 しかし、ついにある館の前で強引に腕をつかまれた。恰幅の良い、年はもう若くない女性だった。

「あんた、騎士様だろ」

「…違います」

「嘘ついたって無駄だよ。剣を携えてるからわかるんだ。ここらじゃ普段から金払いの良い騎士団員が幅を利かせてるからねぇ」

 女性の目は敵意ではなかったが、商売の獲物を狙うそれでもないようだった。

「何の用ですか。俺は急いでるんです」

「まぁ待ちなって。つけられてるよ、あんた」

 ハークは勢いよく振り返った。確かに、通りの角で何者かが隠れる気配を感じた。騎士団の人間か、オレガノの民か、下町の盗人集団か。特に組織の人間には、これから向かう場所を勘ぐられたくはなかった。

「親切に教えてくれてありがとうございます。では、なおさらあなたを巻き込みたくないので、これで失礼します」

「まぁまぁ、そういわずにさ。あんたみたいな若いのがこんなとこに急ぎの用事なんてわけありなんだろ?匿ってあげるよ。地下からの抜け道もあるからさ」

 ハークは再び強引に腕を引かれるまま、追手の姿を確認できぬまま背後の館の中に引きずり込まれた。



 ハークは店の中に足を踏み入れるなり、ぎょっとした。

 そこはまさに、女性の園とでもいうべき場所だった。一見旅の宿のような間取りだが、そうでないことは自分に注がれる色とりどりに着飾った女性たちの流し目で理解した。

 先ほどの恰幅の良い女性は、この館をとりしきる女主人らしかった。

 ハークは次々と伸びてくる女性たちの柔らかい腕にからめとられ、ふりはらうのにせいいっぱいだった。

「騎士団のお方だわ」

「可愛い」

 次々と花や果実の芳香が混ざり合い、そのなかでハークはむせかえる。

「やめてくれ、俺は客じゃない!マダム!まさか、さっきの追手と共謀してたんじゃないだろうな!」

「人聞き悪いこと言わないでおくれ。さすがに、見習いのガキから金を巻き上げようって気はないよ」

 それはそれでどうなのかとハークは少々むっとしたが、この近辺にやってきた目的を思い出し、深呼吸しながら落ち着きを取り戻した。

 ハークがひとまずマダムと呼んだ女主人は、周囲の女たちを離れさせる。それでも女たちは、だめ押しとばかりにハークに視線を送り、目が合うとウインクしてみせた。

「そんで、一体どんなわけありなんだい?」

 マダムはおしろいを塗りこめ、頬紅をさした顔を、ハークの前に近づけた。ハークはその迫力にたじろぐが、打つ手なしのためいきをつく。

「人探しだよ。名前はマーティアさん。芸名かもしれないけど、レオセルダ出身の女の人なんだ。年齢は身なりとお化粧によって若くも見えるし、相応にも見えると思う」

「情報が少ないよ。そんな女、ここらにもうじゃうじゃいる」

 一定の距離を置いて周囲を取り巻く女たちは、ふふんと笑いあった。

「うちの店の同業かい?あんたは、そのおひとを一晩買おうってわけ?」

「そういう目的で来たんじゃないって何度も言ってんでしょ!その人が知ってる…その、医術のことで知りたいことがあって」

「なんだい、またさらにいかがわしい話だねそりゃ。騎士団はまだ侵略に飽き足らず、今度は魔女狩りかい?」

 マダムの怪訝そうな表情から、ハークは少し言い過ぎたかと思った。魔術や毒について明言せずとも、こちらの意図は十分に伝わったらしい。

「この店はね、騎士団の奴らが頻繁に出入りするってんで、周りからいいように思われてないんだ。でもこちらも商売だから、上等のお客さんに違いない。だからさ、あんたが隊長だか上の人に、騎士団の永代保護のお墨付きをくれるよう交渉しておくれ。こっちの用はそれなんだよ」

「無茶言わないでくれ。俺は王都の裏事情は何も知らないんだ。騎士団のなかでも一番下っ端だし、悪いけど役に立てそうにない」

「あの男前の隊長さんもうちに来たことあるんだよ?仮にも神に仕える騎士団の上官がじゅうぶん後ろめたいことしてるんだから、何とか言っておくれよ」

 ハークは気まずくなり、思わずうつむいた。知らなくていいことを聞いてしまったと思った。

 鬼気迫るマダムに圧倒されていると、折よく玄関の扉が開き小さな鐘が鳴った。客の訪問が営業開始の合図であり、女たちは我先にとスカートの裾を翻し駆けていった。

「ま、今日はこのへんにしといてあげるよ。だめもとで聞いてみたってのもある。まぁ、今度は客として来な」

 そう言うと、マダムは重そうに腰を上げ、忙しい忙しいと帳簿片手に玄関口へ向かっていった。

 ハークは、店内の片隅で途方に暮れた。いくらか時間はたったが、先ほどの追手はまだ外にいるだろうかと思うと気が重くなるのだった。



 ハークが、おそるおそる店を出ようとすると、声をかける者があった。オレンジ色のドレスに白い前掛けを結んだ下働き風の女性。

「あんたが探してる人の居場所知ってる。あたしも最近レオセルダから流れて来たから」

 ハークはこの言葉を聞いて初めて、騎士団に属しながら普段心から祈ることのない天上の存在に感謝した。

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