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聖獣の庭、あるいは忘却曲線  作者: 蒼乃モネ
第六章 王権のカタストロフィ;アルカディア
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第11話 地下研究所

 ロゼはフィルに伴われて、王都の地下研究所を見学することになっていた。

 この洞穴のような暗がりで管理されているのは、異形の魔獣たちだ。魔獣を閉じ込めた各部屋には頑丈な檻がはめ込まれ、要所要所には人間の安全域として、獣除けの結界が張られていた。むろん聖獣であるアルフレッドは同伴不可である。

 あたりには獣の臭気と魔毒の甘ったるい芳香が満ちており、慣れるまでに時間を要した。

「ひどいにおいね」

「ああ、まったくだ。しかし、嬢ちゃんも物好きじゃな。こんな場所を見たいなどと」

「目を背けたいものほど見るようにと、これは他でもないフィルから学んだ教訓なんだけど」

 ロゼの言葉に、フィルは苦笑した。旅の途中で自分が、ことあるごとに「社会勉強」と口にしていたことを思い出したのだ。

 研究室に至ると、年若き獣博士が出迎えた。ロゼは、彼が現在この研究所の最高管理者であることを事前に聞かされている。

「お初にお目にかかります。フィル博士。お噂はかねがね。私がこの国の魔獣管理を担当しているハユルド・レカミエです」

 ハユルドは友好的な笑みを浮かべた。しかし、この男は宮廷付きの魔獣博士であるとともに、オレガノの民の一派であった。獣の分野に関して優越性を隠すことはない。聖獣博士の地位につくフィルのことを軽んじているのは誰の目からも明らかだった。

 以前は別分野として扱われていた聖獣学と魔獣学の研究が統合されたのはつい最近のことであった。そのことにより、未完成な新分野としての魔獣使い養成はその地位を格段に高められることとなった。

 これはひとえに軍事色の強いローヴェラス騎士団が、魔獣の兵器としての有用性に目をつけた結果である。

 ハユルドは、「それから」とフィルの後ろに立つロゼの方に視線を移した。

「聖獣使いのロゼ様まで、どうしてこのようなむさくるしいところに」

「魔獣のことに興味があるのよ。いいでしょ?」

「かまいませんよ。オレガノの同志として、聖女様のお願いを無下に扱うことはできませんから」

 ハユルドの表情が旧知の仲の者に対するそれに変わったのを見てとり、フィルは薄気味悪く感じた。ロゼはもう慣れたものだった。


 午前中だというのに地下にもぐってしまうと、全体は暗く空気はよどんでいた。

 この研究所は、いまや王都中にその空間を広げ続けており、ときおり短い階段を上がると地上に通路が伸びていることもあった。

 なだらかな傾斜の壁に設けられた明り取りの窓は、薄いベールのような光をむき出しの岩肌に透かしていた。

 完全に地下に潜る場所には、等間隔にランタンが吊り下がり、もしくは小さな台座に設置されたりもしていた。


「ここからが、魔獣の飼育場所となります。魔獣を刺激してしまいますので、檻には近づかぬよう」

 ハユルドは、檻の間を先導した。

 左右に鉄格子が並び、各空間には魔獣が一体ずついるようだが、どこも奥のほうが暗いため、いまひとつ姿をはっきり見ることは叶わなかった。プレートのかかっていない、空の檻もあった。

 しかし、ロゼはこの地下中に息をひそめる凶暴な気配を全身で感じていた。もしも檻を開ける際に丸腰ならばひとたまりもないだろうと思った。

 ここにあるのは、本来ならば獣との契約に必須要素である信頼性ではない。

 有無を言わさずねじふせる圧倒的な暴力性である。人と獣とどちらが上か、魔獣が主人たるにふさわしくないと判断すれば、その者を即座に牙にかけるのだろう。

 この地下世界に眠る獣たちがいったいどれほどの魔獣使い志願者の血をすすってきたのかと考えると、ロゼもフィルも言葉少なになった。

 そのとき、ある一体の魔獣が檻のそばに駆け寄り、吠え立てた。その咆哮に鉄格子がびりびりと揺れ、つられた他の魔獣もいっせいに同じことを繰り返した。檻の内側からしきりに身体をすり寄せるものもいる。

「何だ何だ、わしらのことを外敵だと思っとるのか?」

 フィルはとっさにロゼを庇った。

 ハユルドは腰に携えていた鞭を地面に一度たたきつけた。乾いた音が空間の隅々までいきわたり、いくつかに分岐する通路の先にも反響する。

 途端に、ぴたりと魔獣たちは静かになった。

「失礼。聖女様がいらっしゃったので、獣たちが興奮したのでしょう。あらゆる種の獣から好かれるのは、もう慣れたものでしょうが」

「私はどうしてこんな体質なのかしら」

「あなた様が特別な方だからとしか。獣たちはみな、あなた様の契約獣になることを望んでいるのです。まぁ、汚らわしいものどもの思い上がりと思って、ここは無視して素通りしてくださいませ」

「魔獣は汚らわしくないわ。人間に利用されてる自然の獣よ」

「ええ、セインベルクはこれを必要悪として取り入れています。私はそれを助長する形になっていますが、王都の手が入っている時点で彼らは兵器です」

 ハユルドの言葉に、ロゼは顔を曇らせる。

 先ほどから我慢していた様子のフィルは、ついに口火を切った。

「さっきから聞いていれば、よくわからん言葉で嬢ちゃんを惑わせないでくれ。あんたが語っているのは生物学ではない。あんたらの信仰だ。学術研究に持ち込むな」

「それは聞き捨てなりませんね。聖獣博士ともあろう御仁が、私の言葉を信仰ですと?では、あなたは聖獣のいったい何を理解しているというのですか?この国の研究では獣の生態や、召喚契約の過程の解明が為されていなければ、その種の分類も満足にできていないではないですか」

 ハユルドは嘲るように笑うと、手にしている鞭を弄んだ。

「我らオレガノの民は、獣と共栄してきた確かな歴史を誇るのです。そして近年、我々がセインベルクの魔獣研究に寄与してきた結果、圧倒的な力をもって、周辺都市をその名のもとに統一することができた。これがなによりの証明でありましょう」

「オレガノなど、そんな名は文献史料に存在しない。神話時代の伝説だろう!」

「いいえ、まぎれもない事実!この都市が残らず抹消したのだ!石の彫刻や壁画を削り取り、価値ある文献は焚書された!我々が眠っているあいだに、オレガノの崇高な文明をすべて破壊した!おかげで、あの偉大な都市はただの瓦礫の山に!!」

「やめなさい!!」

 ロゼの一声で、ハユルドとフィルは口を閉ざした。互いに肩で息をしているのがわかった。

 気が遠くなるほど先まで続く檻の中では、次々と魔獣が起き出す気配がした。

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