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聖獣の庭、あるいは忘却曲線  作者: 蒼乃モネ
第六章 王権のカタストロフィ;アルカディア
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第5話 騎士団本部

 ローヴェラス騎士団において唯一の女騎士であるダリアは顔をしかめた。

「どうして君がここにいるんですかー?」

 緑青色の髪を艶やかになびかせ、腰に手をあてるその仕草は、一見街にいる年ごろの婦女子にしか見えなかった。

 しかし、彼女が動くたび革のベルトで背負った双剣ががちゃがちゃと鳴り、その身軽な動きにそぐわぬ物騒さを感じさせた。身体つきはほっそりしていたが、寄ると筋肉質なのがわかる。

 ダリアは怪訝な顔つきで、ユノから新入りだと紹介されたハークのことをまじまじと見た。

 朝一番にユノが騎士団本部へと連れてきたのだ。すでにハークの入団手配がなされており、明らかな特別待遇であることがダリアにとって気に食わなかった。

「どうしてこんな軍学校も出てないような子の面倒見なきゃいけないのさ?いくらユノ先輩の紹介だからって今までにこんな例、なかったんだから」

 ハークは、ユノの同胞であるオレガノの民が手を回したのだと思った。彼らも、この騎士団の奥深くまで入り込んでいるらしい。


 王都セインベルクの王宮に隣接して築かれた騎士団本部の建物は、とくべつ堅固なつくりだった。おまけに次々と新たな関連施設が増設され、外観からはわからないほど内部は入り組んでいた。

 騎士団は今ではほぼ国軍としての地位を得、王国の守護を担っている。もとは都市外の辺鄙な場所にあった小さな修道会に過ぎなかったらしいが。

 今では騎士団本部の渡り通路は、王宮内の敷地に繋がれており、上位の騎士であれば王宮にも出入りが可能だそうだ。


 朝になると、ハークは引き離された仲間たちの所在が気になって仕方がなかった。

 昨晩のことは、あまり覚えていない。目が覚めると、ユノの邸宅の客室にいた。そのまま、騎士団本部につれてきてもらったのである。騎士の志願者、従騎士として。

 ハークは中庭にめぐらされた回廊を進みながら、ダリアの後ろ姿に声をかけた。

「聖獣使いのロゼや、召喚獣のアルフレッドはどこにいるのか知ってる?」

 ダリアは面倒くさそうに振り返った。

「聖獣使いは、こことは別な場所に宿舎があるの。場所は、教えられない。でも、あたしたちよりかは、いいとこに入れてもらってる」

「聖獣博士のフィルは?」

「そのへんの偉い人のことはわかんない。獣専門の研究機関のどっかでしょ」

「ケイトは?」

「はぁ?おにーさんだったら、王宮に決まってんでしょ。上からのお咎めなしだったから、ライセント隊長がすごく怒ってたけど」

 そう言いながら、城の方を指さした。

 ダリアがケイトに対して親しみを抱いているのは、軍学校時代に年上の先輩として一方的に憧れていたためらしい。

 しかし、彼が王家に背くような行動をとったため、失望したのだという。それからはライセント一筋なのだとハークに説明した。あいかわらず自分の胸中をよく話す人だと、ハークは思った。

「言っとくけどね、おにーさんはもう君が気軽に会えるような人じゃないよ」

 ハークは、肩を落とす。ケイトはもちろん、ロゼにもフィルにも、こちらの意思で会うことは難しいのだということを思い知った。

 ダリアは、ハークを宿舎へ案内し終えると、支給された新品の制服を手渡す。

「君、ハークだっけ?ハークは、はじめのうちは雑用係よ。まずはきりきり動いて、その働きぶりを認められることね。支度が済んだら、本部の司令室まで来るように」

 ハークはぼうっとしたまま、頷いた。



 部屋は、二人用の相部屋だった。木製の簡素なベッド、書きものをするテーブル、壁に据えられたクローゼットが、窓からの朝日に照らされている。

 光のなかを、ほこりの粒子が宙を待っているのがわかった。掃除が必要だと思った。

 しばしのあいだ、これから身を置くこととなる部屋を眺めていると、背後から若者の声がした。

「君、ユノのお気に入りみたいだね」

 ばっと振り返ると、黒衣のローブを身にまとった人物が、扉の前に立っている。

 はじめ、ハークはその人物は男性か女性かわからず戸惑った。よくよく見ると、その体つきから男だということがわかった。

 緩やかな天然の巻き髪、どこか気だるげで、口元にはつと微笑を浮かべている。その表情がユノと似たような神秘的な雰囲気を漂わせていた。

 ハークは直感的に口を開いた。

「お前は、オレガノの民か?」

「ご名答。そして、君と同室のユージン・ノイスという」

 ユージンは、どうぞよろしくと手を差し伸べた。袖口からのびる華奢な腕に目をやると、蛇のごとき模様が絡みついているのが見えた。それが、噂に聞いていたオレガノの民である証だった。



「ユージンは、騎士団の一員なのにどうして団服を着ない?」

 ハークは慣れない裾の長い騎士の団服に戸惑いながらも、所定のものはすべて身に着けて、ユージンの案内で司令室へ向かっていた。

「そんな悪趣味なものは着ないと言ってやったさ。僕はあくまで魔獣使いとしての戦力だからね。最近、隊長に上がったライセントやさっき出て行った女も魔獣と契約してるが、あんなのはまだまだ素人さ」

 ユージンの口元は侮蔑にゆがむ。ハークは、知り合いの魔獣使いのことを思い出した。

「王宮にいる、ケイトもそうなのか?」

「ああ、王家の人間にもひとり魔獣使いがいるんだったね。そいつは、うん、どうだろうな」

 なにやら意味深長なつぶやきだった。ハークがさらに問うても、それ以上のことははぐらかされた。

 ユージンはハークの追及を避け、回廊の柱のあいだから訓練場を眺める。

「見てごらんよ。彼らは今日も無意味なことに明け暮れている」

 ハークも外に視線を移す。騎士団員たちが鍛錬を行っていた。

 ある者は剣を交え、またある者は馬を駆り、そしてほんの一握りの者は魔獣の調教に手を焼いている。

「彼らは、とうてい我々に追いつくことはできないよ。なぜなら、我らオレガノの民は、あらゆる獣と自由に契約することができるんだから。その気になれば、複数の契約も可能だ。理論上、無限にね」

 ハークは、ユージンの言葉に耳を疑った。師であるユノやロゼの、聖獣使いとしての類まれなる才能を知っていれば、納得できなくもない。しかし、無限とは。

「あ、むろんハークは一般人だから血の滲むような努力が必要だよ。でも、ユノに見出されたんだ。あのへんの雑魚どもよりはセンスがあるんじゃないかな」

 ハークは、いよいよ己が立場が、目的が分からなくなる。

「俺は、剣の腕をあげたいんだ」

「僕にいわせりゃそんなの無駄無駄。偽善まみれの文明の箱庭で飼いならされた人間が、独自で力を得ることなどもはや不可能だ。ここでどれだけそんなものを振り回してもね。母なる自然が生み出した野生の力に敵うわけないじゃないか」

 いいながらユージンはハークの剣を示した。むろんハークは気分を損ねる。

「それでも、俺は足掻くよ」

「無駄だ。君もユノの弟子ならば、祈り、尽くせ」

「何に祈る」

「何を今更。神獣に決まっている」

 ユージンは、司令室までの案内を終えると早々に去っていった。

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