第20話 契約の形
詩人の語りは終わった。みな、思い思いの場所で、考えに耽る。
劇場跡は、高台にあった。観葉樹が茂り、噴水もある。おそらく当時のものではない。後世に観光客へ向けて整備されていた。
年に数度、劇場跡を利用した催しがあるというが、その時期以外はひっそりとした場所だ。自分たちの足音の他には、虫の音が聞こえるのみ。
しかし、城下の明かりがこの場所まで届いていた。夜だが、まったくの暗闇ではない。
頭痛も和らぎ、いくらか気分の良くなったロゼは、ラピスラズリの隣に並んだ。
「ラピスラズリ。あれから、どう?」
「…特になにも」
ロゼは、彼女がそわそわと落ち着きのないことにいち早く気づいていた。
「あなたたち、まるでばらばらじゃない。初めて会ったときより、契約の力もずいぶん弱まってる」
「私たちは魔獣と魔獣使いだもの。ロゼとアルフレッドとは契約の形態がまったく別ものよ。だから、正常よ」
「じゃ、どうして今になって余裕なさげなの?」
「そんな風に見える?」
ラピスラズリの問いに、ロゼは黙ってうなずいた。ラピスラズリは、困ったように微笑する。
「やっぱり、あなたには敵わないわね」
どうやら、ずいぶん思いをため込んでいたらしい。
「私、影になろうと努めてたの。ケイトが手を汚さなくていいようにね。あのこ、本当は戦いとか嫌いだから」
そう言いながら、つま先立ちになって伸びをした。
ロゼは視界の遠くにぽつんと立つケイトに目をやった。円柱にもたれかかって、目を閉じている。
ロゼはこの者たちと初めて会ったときを思い返す。それが、ふと口をついて出た。
「…影、ね。レオセルダでは、正直気味悪い連中だと思っちゃった。でも、騎士団に襲われたときは、その能力に助けられた」
ずっと一緒に移動していたため、日常に溶け込んでしまった。
銀の長髪に片青眼の男。年はハークとさして変わらないというのに、大仰な肩書き。諸国遍歴の過去。
そして、重力を感じさせないような不思議な歩き方をするラピスラズリ。髪も瞳も瑠璃色だ。特別違和感を覚えることもない。彼女は魔獣なのだから。
「そう。気味悪く感じて当然よ、魔獣なんだから。でも、あなたたちを、特にアルフレッドを見ていると、だんだん虚しくなって」
ロゼは今度はアルフレッドに目をやる。なぜか、レイチェルの好奇心につかまっていた。
ラピスラズリは声を落とした。独り言。泣き笑いのようにも聞こえる。
「私、いつしか必要とされたいって願ってた。影なのに。兵器なのに。決まってるのに、すべて終わったら使い捨てられるの」
静寂。遠くでレイチェルの賛美の言葉と、アルフレッドがなにかを拒絶する声が聞こえた。
「そんなこと、決まってないわ」
ロゼは、後ろ手に組んだラピスラズリの手の中に、そっと小瓶を握らせた。
いくつかのガラス同士が触れ合う。ぎん、という音がした。ロゼは、ラピスラズリが取り落とさないように、手を添えることでそれを支える。
「魔毒」
ラピスラズリは、すぐに言いあて、か細い声で問う。
「どうして、どこで…」
「フィルと闇市で探し回った。あなたたちが詩人と王立動物園とやらで遊んでいるときに、けっこう怖い思いもしたんだから。無駄にしないでよ」
ロゼはため息をついた。そのときに、この街の裏の世界を垣間見たのだった。止めるアルフレッドに、フィルは良い社会勉強だと言ってのけた。
ラピスラズリは、呆然とする。
「私がロゼのこと、騎士団に売らない保証はないわよ?少なくとも、はじめはそのつもりで近づいたんだって知ってたでしょ」
「なるべく考えたくなかったけどね。おかげでうちのアルフレッドの心労がつのって、大変だった」
ロゼは肩をすくめた。あの一連の出来事のおかげで、アルフレッドとの絆が深まったとも言えるのだが。
ロゼはラピスラズリの手をすっと離した。
「魔毒の蓄えがどんどん減っていくだけって、考えただけでも気が狂いそうになるね。だけど」
ロゼは背後にあった石段に登り、背の高いラピスラズリの両肩をつかんだ。言葉をつづける。
「あなた自身もみんなを信じなきゃだめよ。特に、主人のことは。あなた自身もまた、ケイトに守られてるんだから」
城下の明かりが満天の星々と対のように、眼下に広がる。星空を映した鏡面のようにも見える。
背後からもたれかかるロゼの位置から、ラピスラズリの表情は見えない。豊かに波打つ髪が、ふわりふわりと夜空の色に溶けていた。
ふとラピスラズリは見上げる形でロゼを振り返った。呆れたような、それでいて皮肉めいた笑み。
「やっぱり似てるわ。アルフレッドは、ロゼに似たのね」
―アルフレッド、わかったわ。あんたが私とケイトの関係を間違っていると言った意味が、いま。
しばらくして、ロゼは「ありがと」という言葉をかすかに聞いた。




