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聖獣の庭、あるいは忘却曲線  作者: 蒼乃モネ
第五章 砂漠の薔薇、昔噺は砂に眠る
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第20話 契約の形

 詩人の語りは終わった。みな、思い思いの場所で、考えに耽る。

 劇場跡は、高台にあった。観葉樹が茂り、噴水もある。おそらく当時のものではない。後世に観光客へ向けて整備されていた。

 年に数度、劇場跡を利用した催しがあるというが、その時期以外はひっそりとした場所だ。自分たちの足音の他には、虫の音が聞こえるのみ。

 しかし、城下の明かりがこの場所まで届いていた。夜だが、まったくの暗闇ではない。


 頭痛も和らぎ、いくらか気分の良くなったロゼは、ラピスラズリの隣に並んだ。

「ラピスラズリ。あれから、どう?」

「…特になにも」

 ロゼは、彼女がそわそわと落ち着きのないことにいち早く気づいていた。

「あなたたち、まるでばらばらじゃない。初めて会ったときより、契約の力もずいぶん弱まってる」

「私たちは魔獣と魔獣使いだもの。ロゼとアルフレッドとは契約の形態がまったく別ものよ。だから、正常よ」

「じゃ、どうして今になって余裕なさげなの?」

「そんな風に見える?」

 ラピスラズリの問いに、ロゼは黙ってうなずいた。ラピスラズリは、困ったように微笑する。

「やっぱり、あなたには敵わないわね」

 どうやら、ずいぶん思いをため込んでいたらしい。

「私、影になろうと努めてたの。ケイトが手を汚さなくていいようにね。あのこ、本当は戦いとか嫌いだから」

 そう言いながら、つま先立ちになって伸びをした。

 ロゼは視界の遠くにぽつんと立つケイトに目をやった。円柱にもたれかかって、目を閉じている。

 ロゼはこの者たちと初めて会ったときを思い返す。それが、ふと口をついて出た。

「…影、ね。レオセルダでは、正直気味悪い連中だと思っちゃった。でも、騎士団に襲われたときは、その能力に助けられた」

 ずっと一緒に移動していたため、日常に溶け込んでしまった。

 銀の長髪に片青眼の男。年はハークとさして変わらないというのに、大仰な肩書き。諸国遍歴の過去。

 そして、重力を感じさせないような不思議な歩き方をするラピスラズリ。髪も瞳も瑠璃色だ。特別違和感を覚えることもない。彼女は魔獣なのだから。

「そう。気味悪く感じて当然よ、魔獣なんだから。でも、あなたたちを、特にアルフレッドを見ていると、だんだん虚しくなって」

 ロゼは今度はアルフレッドに目をやる。なぜか、レイチェルの好奇心につかまっていた。

 ラピスラズリは声を落とした。独り言。泣き笑いのようにも聞こえる。

「私、いつしか必要とされたいって願ってた。影なのに。兵器なのに。決まってるのに、すべて終わったら使い捨てられるの」

 静寂。遠くでレイチェルの賛美の言葉と、アルフレッドがなにかを拒絶する声が聞こえた。

「そんなこと、決まってないわ」

 ロゼは、後ろ手に組んだラピスラズリの手の中に、そっと小瓶を握らせた。

 いくつかのガラス同士が触れ合う。ぎん、という音がした。ロゼは、ラピスラズリが取り落とさないように、手を添えることでそれを支える。

「魔毒」

 ラピスラズリは、すぐに言いあて、か細い声で問う。

「どうして、どこで…」

「フィルと闇市で探し回った。あなたたちが詩人と王立動物園とやらで遊んでいるときに、けっこう怖い思いもしたんだから。無駄にしないでよ」

 ロゼはため息をついた。そのときに、この街の裏の世界を垣間見たのだった。止めるアルフレッドに、フィルは良い社会勉強だと言ってのけた。

 ラピスラズリは、呆然とする。

「私がロゼのこと、騎士団に売らない保証はないわよ?少なくとも、はじめはそのつもりで近づいたんだって知ってたでしょ」

「なるべく考えたくなかったけどね。おかげでうちのアルフレッドの心労がつのって、大変だった」

 ロゼは肩をすくめた。あの一連の出来事のおかげで、アルフレッドとの絆が深まったとも言えるのだが。

 ロゼはラピスラズリの手をすっと離した。

「魔毒の蓄えがどんどん減っていくだけって、考えただけでも気が狂いそうになるね。だけど」

 ロゼは背後にあった石段に登り、背の高いラピスラズリの両肩をつかんだ。言葉をつづける。

「あなた自身もみんなを信じなきゃだめよ。特に、主人のことは。あなた自身もまた、ケイトに守られてるんだから」


 城下の明かりが満天の星々と対のように、眼下に広がる。星空を映した鏡面のようにも見える。

 背後からもたれかかるロゼの位置から、ラピスラズリの表情は見えない。豊かに波打つ髪が、ふわりふわりと夜空の色に溶けていた。

 ふとラピスラズリは見上げる形でロゼを振り返った。呆れたような、それでいて皮肉めいた笑み。

「やっぱり似てるわ。アルフレッドは、ロゼに似たのね」

 ―アルフレッド、わかったわ。あんたが私とケイトの関係を間違っていると言った意味が、いま。

 しばらくして、ロゼは「ありがと」という言葉をかすかに聞いた。

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