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聖獣の庭、あるいは忘却曲線  作者: 蒼乃モネ
第四章 聖獣の庭、追憶のしらべ
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第5話 船旅

「おいおい、あんちゃんら!まだへばるんじゃないぞ!」

 太陽の光が降り注ぐ中、ハークとケイトは櫂を手に、屈強な船乗りたちから叱咤されていた。といっても、素人だというのを考慮して笑いながら大目に見てくれている。

「船なんて漕ぐの、初めて、なんで、キツイっす」

 息も絶え絶えに、ハークは櫂を動かした。ケイトは話す気力も失せているらしい。

 暑い陽光が苦手なのは知っていたが、周囲のペースに合わせることがそれ以上に苦手なようだった。シャツをまくった袖口からのびる色白の腕が、力仕事には不釣り合いに映った。


 さびれた港町で船を借りたいとの交渉では、漕ぎ手を選出することが乗船の条件だった。この頃、漕ぎ手は人手不足らしい。

 貿易品を積み込んだ商船だった。船着き場にずらりと並んでいる中では中型帆船といったところである。

 船は細長い作りであり、帆を備えていたが、数人が櫂で漕ぐ必要がある。複雑な地形を航行するためだ。

 この船旅は、大海を超えるといった類ではなく、海岸に沿って効率よく移動するものだった。


 ロゼとフィル、ラピスラズリは船室にいた。他にも乗船客はいたが、商人がほとんどだった。

 一晩滞在した港は、貿易航路を結ぶ中継地のひとつだったらしい。栄えていないところを見るに、重要な航路というわけでもなさそうだ。


 やけに恰幅の良い商人の一人は、一般客であるロゼたちに目をつけ、目ざとく商売を持ちかけてきた。

「お嬢さん、珍しいアクセサリーは要りませんか」

 その男は、ロゼとラピスラズリに向かって革張りのトランクを恭しく開けて見せた。

 むろん、商人の目は彼女らの親族として映るフィルに向けられていた。

 フィルは、自分たちは傍から見れば、ひとつの家族像として映るのだろうかと苦笑した。

 ロゼは、目の前に次々と差し出される装飾品を、丁重に押し返した。

「そんなお金があれば、こんな船に乗ってないわよ」

 ラピスラズリはああらと、たしなめた。

「ロゼってば『こんな』はないんじゃない?ちゃんとした船室もあるいい船よ。気を悪くなさらないでね、お商売人さん」

 ラピスラズリが人懐こい笑みを浮かべると、ものわかりの良い商人は、そうですかと引いた。

「いや確かにまぁ、この海域は近頃あまりよくないですからなぁ」

 男はトランクを締め、パチンと鍵をかけると、ではと去っていった。

「この海域がよくないって、どういうこと?」

 ロゼが不安げに首をかしげると、船室が大きく揺れた。天井に掛けられた小ぶりのシャンデリアが、がしゃがしゃと音を立てた。

 ただならぬ気配に、船室は騒然となり、机や椅子は傾斜をすべった。

 我先にと船室を出ようとする者、その場から動かない者に分かれ、大混乱となった。


「何やってんのよ、ハーク」

 ロゼたちはすぐに船室を出ると、ハークとケイトのいる持ち場に駆け寄った。二人は櫂を手放し、それぞれ剣と弓に持ち替えていた。周りにいる船乗りたちは、櫂を手に海を睨んでいる。

「今、大変なんだ。危ないから船室にいなよ」

「あんなとこ居れたもんじゃないわ。じきに荷物につぶされて圧死するわよ」

 途端にまた大きく揺れた。ただの波ではなかった。

 海がすり鉢状に渦を描いたかと思うと、その中心から爬虫類とでもいうほかない生物が身体の半身をのぞかせた。トサカやエラといった、特徴を備えていた。

 身体がばらばらになりそうな揺れはおさまらない。

「また出た!最近このへんの海に出る化け物らしいんだ。完全にこの船を襲うつもりじゃん!」

「海獣だ。聞いたことくらいあるだろ。本来なら、もっと外海にいるはずなんだが」

 ハークとケイトが代わる代わる説明した。この二人も足場の悪い船上ということで、かなり焦っている様子だった。

「おいラピス、このふたり船から落ちないように見とけ」

「御意に。さ、行くわよ」

 ラピスラズリは、巨大な海獣の姿をじっと観察するロゼとフィルの腕をがっちりと掴むと足場が広く安定した甲板へ移動した。


 ハークは、ゆらゆらと揺れる足場で踏ん張るのに精いっぱいだった。隣に立つ仲間を横目に見ると、どうも同じような状況だった。彼はこの足場で、弓を構える余裕などなさそうだ。

「これはちょっと、『修羅場をくぐってきた』ケイト的にもやばい感じ?」

「相当やばいな」

「ひぇ」

 ハークは改めて、体長がこの船と同じくらいありそうな海獣に目をやり、唾をのんだ。

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