第2話 聖獣と騎士
―ロゼは無事なんだろうか。どうしてこんなことに。
聖獣アルフレッドは、青い毛並みをした自身の姿を湖に映した。殺気立ち、薄青い瞳は血走っていた。
自身の主人であるロゼは、自分の召喚を止めるとき、大変な危険にさらされていたのだ。王都の手先らしき魔獣使いに剣を向けられていた。そのまま連れて行かれたのか。だとすれば、救い出さねばならぬ。
運が良ければハークが助けてくれたか。そうとしても、ロゼの身に危険が迫っていることに変わりはない。やはり自分の読み通り、ロゼは王都の人間に目をつけられている。さらに、自分でなくては主人を守りぬけないと固く信じていた。
聖獣アルフレッドは、ロゼと行動を共にしている間に人の姿をしている期間が長すぎたためか、人語でものを考える癖がついてしまっていた。主人とコミュニケーションをとることのできない今、まったく意味のないことではあるのだが。
ロゼの気配を探ろうとしたが、無駄だった。召喚というものは、いつも一方通行だ。召喚獣は、主人の呼びかけを待つのみ。
聖獣は、ずっとこの聖なる地に暮らす。この地に生を受け、この地に死す。それが自然の理であることを、本能が告げていた。
ここで試しに青年の姿に変化しようとしたが、まるでうまくいかなかった。召喚主であるロゼが必要としなければ、そのような力を発揮できないということを改めて悟った。
アルフレッドは、ロゼが騎士様と呼ぶ男に興味はないが、彼女と出会えたのは彼の導きのおかげであることを知っていた。
自身がどうやってこの地を抜け出せたのかは、わからない。いくら強く望んでも、聖獣は自らの意思によりこの封印されし地を出ることは叶わないのだ。
どれだけ林を駆け抜けようとも、その景色は永遠に続き、果てはないように思うのだ。無限に続くのは同じような針葉樹の木々と、こんこんと湧きあがる泉のみ。
しかし、緩慢な時に転機が訪れた。突然現れるなり自分のことを呼びかけ、先を行く騎士の男。導かれるように後を追うと、色とりどりの花のトンネルに至り、それを抜けるとロゼの住まう屋敷の庭にたどり着いた。
人間と関わり合いのないこの寒い森で、聖獣としてひっそりと生きていたにもかかわらず、である。
凍り付いていた時間が、溶け出し、ぎこちなく動き始めた気がした。
しかも、庭にいた少女ーロゼとは、初めて会った気がしなかったのだ。深い菫色の瞳をめいっぱい見開いた彼女に感じるのは、なぜかこみ上げてくる懐かしさだった。
今思えば、あのときに騎士なる男は、この聖なる地と彼女の居場所を結んだように思う。
あの男もまた、聖獣使いであることに自分は気づいていた。
はじめ、自分は彼の召喚獣になるのかと思いもしたが、そうではなかった。今となってはありえないことだ。
騎士が、自分とロゼを契約させた目的が何だったのかは知らない。しかし、どうでもいいことだった。
この地には数多生息する聖獣のなかでも優れた存在である自分。
そして、聖獣使いになるために生まれたような、類まれなる資質を有するロゼ。
この契約は、必然のように感じていた。自分の主は、ロゼでなくてはならない。
しかし、もどかしくも今の自分には何もできないのだった。できるのは、主人による召喚を待つことのみ。だがそんななかでも、アルフレッドは自分が依然として召喚獣であることをわかっていた。その証拠に呼びかけられるべき己の名は、まだ失われていない。
アルフレッドという名が、自分を契約獣たらしめている。野生の獣にないものを、有していることは、召喚獣である証だった。
自然の理として、主が死ねば即刻契約は解消され、獣は野生に還る。アルフレッドは、確かな主人の無事を感じ取っていた。
やがて冷静を取り戻したこの利口な聖獣は、来るべき時のために再び林の中を歩き始めた。どれほど些細な主人の気配も呼びかけも逃さぬように。
久々に帰って来たこの地は、ずいぶんと寒々しかった。何もかもがひやりと冷たく、透明度の高い水や空気は、もはや今の自分にとって味気ないものでしかなかった。




