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聖獣の庭、あるいは忘却曲線  作者: 蒼乃モネ
第四章 聖獣の庭、追憶のしらべ
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第1話 旅路

 ここは、あらゆる生命を内包する森林だった。

 見上げれば、何千年の時を経て枝を伸ばした巨木が頭上を覆いつくしている。

 しかし、不思議と暗さを感じなかった。

 日の光は、木の葉に遮られ、まだらになりながらも旅人の足元まで届いている。


 湿った緑の匂いがした。滝の落ちる音がした。そして、そこには小さな虹が架かっていた。

 小さな鳥が羽ばたき、木々を揺らした。朝露のしぶきが降るのを感じた。

 鳥が高く鋭く鳴くと、透き通るように、あたりに響き渡った。

 反対に、大きな蛙の鳴く重低音が足元から響いてくることもあった。

 恵み豊かな世界が、この場所のすべてだった。


「変な感じ。この世界に、俺たちしかいないみたいだ」

 ハークは、手頃な大きさの倒木に腰かけて空を仰いだ。ロゼは紅茶色の髪を片側で一つに編みながら応えた。

「これが続くと考えると、ちょっと気がおかしくなりそう」

 ほどなくして、ケイトも天幕から這い出してきた。旅の寝床は、野営に必須の組み立て式の移動住居である。

「早いな。フィルはまだ、ぐーすか寝てるぞ。ちゃんと休めたのか」

 ケイトはそう言いながら、乱れた長い銀髪をさっさとひとつに束ねた。

「おはよう、ケイト。正直、野宿にはあまり慣れてないから、身体が痛い」

 ハークは言いながら立ち上がり、火をおこしはじめる。皆が起き出してきたので、朝食の準備をしなければならない。

 ケイトは鍋に水を張り、荷物からてきぱきと食材を取り出した。

「ま、お坊ちゃんお嬢さん育ちにこの旅は厳しいだろうな」

 ロゼは何をしていいかわからず、ただ見ているだけだった。しかし、手持無沙汰のために口はよく動く。

「私たち、そんなにいい育ちでもないのだけど」

「野営を知らないだけで、十分だろうさ」

「あなたの素性も大概わかんないわよ。官僚ってくらいだから、いい家柄のご子息じゃないわけ?」

「さてね。そういう風に同僚からやっかまれることもあるが、実際の俺の務めは地味で泥臭いことばかりだ」

 ロゼは、ケイトが王都から遣わされた同じく魔獣使いの男から「親の七光り」と言われていたことを思い返していた。先日まで滞在していた里での話だ。

 ケイトは、なんてことないような顔でナイフを器用に扱っていた。

「あんたも苦労してるのね」

 ロゼもハークも、それ以上は聞かなかった。


 野営に選んだ場所は、木々が少なくひらけた場所だった。そこだけ、いい具合に整っていたので、もしかすると、すでに誰かが利用して去った跡地かもしれなかった。

 昨日は日暮れ前に持ち運び式の天幕を張り、その周囲を獣博士であるフィルの指導の下、獣除けの結界で囲いこんだ。ラピスラズリがこの場に居ないのは、そのためだった。召喚獣であろうと、結界内に入ることは不可能だ。


 木々の間からラピスラズリは、するりと現れた。あいかわらず愛らしい女性の姿をしていた。歩くたび豊かな瑠璃色の髪がゆらゆらと揺れる。

「おはよう。気持ちのいい朝ねぇ」

 嬉しそうに近づいてきたが、地面につけられた獣除けの結界の印に気づき、足を止めた。

「あら、危なかった。私だけみんなと居られないから、木の上で山猫ちゃんと寝てたのよ」

「悪かった。ほら」

 ケイトが結界の内側から簡易的に引かれた、まじないの線を靴底で踏み消すと、ラピスラズリは主人の腕に絡みついた。

「寂しかったわよぅ。私たち、いつも一緒なのに」

「こら離せ。食事の準備が進まないだろうが」

 両者の様子を見て、ロゼはため息をついた。

「あなたたちも、召喚したままだといつかガタが来るわよ。私みたいに」

 ロゼは現在、自身の召喚獣であるアルフレッドを召喚できない状況にあった。

「心配はありがたいが、俺たちの方は問題ない。魔獣使いは特殊なんだ」

「私ずっと自然界にいたら、きっと退屈で死んでしまうわよぅ」

 ラピスラズリは主人にじゃれついたが、適当にあしらわれていた。

「いつも、その特殊が何か気になるのだけど」

「守秘義務だ」

「お尋ね者のあんたに義務も何もないでしょうに」

 ロゼの言葉に、ケイトはうるさいやつだな、と睨みつけた。

「あぁ、もうロゼは。なんでいつもふたりとも喧嘩腰なんだよ」

 ハークは一触即発の場をおさめようと、ロゼに火おこしを手伝わせることにした。

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