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聖獣の庭、あるいは忘却曲線  作者: 蒼乃モネ
第三章 星降る獣の里、記憶の断片を
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第16話 再び、集会につき

 族長クジャールの屋敷には、村中の人間が詰めかけていた。

 全面板張りの大広間は大混乱であり、夜遅くというのに民家から避難に来た家族連れで溢れかえっている。

 この広間が女人禁制とされていることなど、もう誰も気に留めていない。

 女子供は不安そうに身を寄せ、族長の言葉を待っていた。

 男たちは説明を求め、族長の周りに押し寄せていた。


「皆の者、悪しき獣はもういない。お客人たちが一掃してくださった」

 クジャールは声高に叫んだ。

 それでも、皆は不安そうに顔を見合わせるばかりだった。

 最前列にいた男が恐る恐る進み出る。

「恐れながら申し上げまする。ここのところ、獣が里に下りてくる頻度が多くなってきていることは周知の事実でございます。何か具体的な対策を練る必要があると皆申しております」

 クジャールは、うむと頷いた。

「ちょうど、午後よりフィル博士やグラニット翁の御知恵を賜っていたところだ。まさか今夜踏みきることになろうとは…フィル博士。詳細を」

 クジャールは、フィルに登壇を促した。フィルの軽い咳ばらいが響くと、民たちは息を止めて聞き入った。

「私が提案したのはこうだ。この里を獣の寄り付かない『結界』で囲いこみ、聖域とする。今しがたクジャール殿は、すぐにでも実行しようと決意なさった」

 フィルの言葉に、クジャールは力強く頷いた。

「この小さな集落を、そして皆の命を守るためにはそうする他あるまい。私からの願いだ。どうか納得してくれ」

 ざわめきが波のように広がる。しかし、すぐに元の静けさを取り戻した。

 男たちの後ろからひょっこり現れたロゼが、クジャールに向かって口を開いた。

「その意味をわかっていて?野生の獣を寄せ付けないということは、あなたたちの召喚獣たちも同様に集落の中に入ってこれなくなるのよ」

 ロゼは、里の民たちと彼らの召喚獣との関係性を見てきた。切っても切り離せないほど、その絆は深いものだと感じていたのだった。

 クジャールはその言葉を受け、苦しげな微笑みを浮かべながらも、なお頷いた。

「我々が獣使いであるということに、依然変わりはない」

 そして里の民全員に向かって、こう付け加えた。

「皆も獣使いとしての誇りは決して捨てないでほしい」

 クジャールの言葉に、民たちは安堵の表情を浮かべ、静かな拍手さえ起こった。

 ロゼがのちに聞くところによれば、民たちは日々、家族の命が脅かされることに神経をすり減らしながら生活していたようだった。


 ロゼは、一仕事終えたように一人たたずむクジャールに問うた。

「それならいっそ、里の皆で街に出ようって考えはないの?獣使いならここを出たって、警備や獣使い育成の仕事、探せばあるわ」

「それは無理だ。私たちは生まれてから死ぬまで、この地に根を張る獣使い。この集落を出たとて、何者にもなれるまい」

 クジャールは、恐れを知らないロゼの質問に、はじめて幼さを感じ取った。

 ロゼは何かすとんと腑に落ちたらしく、「なるほどね」とだけ答えた。


 ハークはロゼを探していた。

 身動きがとりづらく、ため息が出た。

 先の魔獣戦で肩に怪我を負い、衣服の下の上半身を包帯で何重にも巻かれているためだ。

 一度にこんなに出血したのはハークにとって初めてのことで、正直もうだめかと大げさに嘆いたものだった。

 実際は、駆け付けたクジャールに大したことないと笑われ、その場で圧迫による止血を施された。痛みのあまり思わず悲鳴を上げたのだが。

 人ごみの中から、ロゼを見つけた。広間は、四方が吹き抜け構造になっている。

 ロゼは大きく庭に面した渡り廊下の淵に腰かけていた。

 ほっとしたハークは、板間をぎしぎしと踏み鳴らし、隣に腰かけた。

「おつかれ。山に逃れた魔獣使いのこと、おおかた話は聞いたよ。ロゼ、本当に怪我してない?」

「してない」

 ロゼはひとり困ったような顔で庭を望んでいた。ハークが声をかける前からだ。

 丁寧に剪定された木々の影の他には、何も見えなかった。あたりを照らすものは、ほのかな月明かりのみ。


「怖い思いしたんだよな」

「たいしたことないわ。知らない人たちに刃を向けられても、本当に何も感じなかった」

「それ、本気で言ってそう」

「本気だもの」

 ハークは、困ってしまった。

 ロゼと一問一答のやりとりになるときはいつも、何か重大な問題を隠していることを知っていた。

「おーい、ロゼ…って」

 ハークは、次の瞬間、にわかには信じられない光景を見た。

 ロゼが瞳に大粒の涙を浮かべ、唇を震わせている。

 いつもと変わらず死んだ魚のような目に、である。

 その組み合わせは、まるで人形のガラス玉の目に浮かぶ温かい涙のように、奇妙な組み合わせだと感じた。

 その直後にハークは、いま自分が感じたことは目の前の少女にとって失礼な話だぞと己を戒めることとなる。

 どうしていいかわからず、しばし固まった後に気を取り直して、ロゼの顔を覗き込んだ。

「ごめんって。でも、やっぱり怖かったんじゃ」

「馬鹿言わないで。そうじゃないの。そんなことではないのよ」

 ロゼは、涙の浮かんだ目でハークのことをキッと睨みつけた。

 しかし、ようやくハークはいつものロゼだ、と安堵した。

「じゃあ、どうしたんだよ。いったん落ち着いて、ちゃんと言ってよ」

 ハークは、静かにロゼの言葉を待った。

 屋敷に集まった里中の人々の声が、遠く聞こえた。

 ハークの声に、ロゼはようやく落ち着きを取り戻した様子で、体勢を変えて向き直った。

「アルフレッドを、召喚できないの」

 それは吹けば飛ぶような、か細い声だった。

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