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聖獣の庭、あるいは忘却曲線  作者: 蒼乃モネ
第三章 星降る獣の里、記憶の断片を
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第15話 刺客

 ロゼとアルフレッド、そしてケイトとラピスラズリは二手に分かれて、なおも村に潜む魔獣使いを探していた。

「ハーク殿、うまくやってくれたみたいですね」

 アルフレッドは、広場にいた魔獣の匂いが消えたことを感じとった。ロゼも獣の姿のアルフレッドの背に揺られながら、頷いた。

「ハークはもともと弱くない。ナイト様には遠く及ばないけれど、弟子だということは認めるわ。諦めの悪いところがそっくりだもの」

 アルフレッドは注意深くあたりに目を光らせながら、そうですねと応じた。さして興味はなさそうだった。

「魔獣の召喚主は見つかりませんね。どちらにせよ召喚獣を失っては何もできないでしょう。すでに山へ逃れたと考えるのが妥当かと」

「この暗闇だものね。それでは打つ手なしだわ」

「ともかく、ケイト殿と合流しましょう。何か掴んだかもしれません」


 そこまで言うと、アルフレッドはふと足を止めた。

 ロゼも人の気配を感じ取ると、村の随所に据えられたかがり火の明かりを頼りに目を凝らした。

 周囲には相手と自分たちの他に誰もいないようだ。誘い出されたかのような嫌な予感がした。

 アルフレッドの身体が力んでいるのがわかり、緊張が走った。

「青い毛並みの聖獣をつれた少女と聞いていたが、どうやらおまえのようだな」

 低い男の声だった。黒いフードを被り、足先まで全身黒ずくめの姿。

「そういうあなたは魔獣使いね。だとすれば、こちらにもあなたの同僚がいるのだけど」

 ロゼの言葉に、男は鼻で笑った。

「同行願おうか。聖獣使いの族長も一緒に、だ」

「嫌だといったら。魔獣がいない今のあなたに何ができるのかしら」

 アルフレッドはロゼを背から下ろし、低くうなりをあげると威嚇した。しかし、相手はなおも不敵な笑みを浮かべていた。

「こちらも一人ではないのでね」

 男の言葉と同時に、ロゼとアルフレッドの背後から、陽気な女性の声が響いた。

「はーい、動かないでね」

ロゼが視線だけそちらへやると、女の顔は目と鼻の先ほどに迫っていた。

 同じく全身黒づくめだが、フードはつけていない。虫も殺さないような笑みを浮かべた若い女だった。しかし、その両手には双剣が握られており、ロゼの首筋にひたりとあてがわれていた。

 二つに結わえた長い髪も瞳も、緑青の如き色をしているのがわかった。

 ―しまった…!

 アルフレッドは成すすべもなく、低く構えていた姿勢を静かに元に戻した。

 従順な召喚獣にとって、主人の命が何より優先すべきことだった。

 ロゼは首筋に時折ひやりと触れる刃の感触を受けながらも、微動だにせず口を開いた。

「どちらにせよ、もうじき王都へ行くわ。手荒な真似をする必要はないはずだけど」

「こっちはそんなの知ったこっちゃないの」

 続けて、もう喋んないでねと早口に告げた。

「とにかく、そいつの召喚止めて」

 女はせっかちな様子でアルフレッドのことを顎で示した。アルフレッドは憤怒のあまり、ぎりぎりと歯を食いしばっていた。

「早くしないと、その獣も始末しちゃうよ。こっちだって魔獣一体やられてんだから」

 ロゼは、心のなかでアルフレッドに謝ると、抵抗せずに召喚を止めた。アルフレッドの召喚を中断するのは、契約後において初めてのことだった。

 アルフレッドは耳を落として、恨めし気にすっと姿を消した。ロゼはアルフレッドから沸き上がっていた驚くほど強い悔恨の念を全身に感じとり、軽く身震いした。

「そのまま里の長のところまで案内してもらおう」

 黒づくめの男は、村の中心を指し示した。女の双剣は少しの容赦もなく、ロゼの行動の一切を支配していた。


 しばらくすると、ロゼは足元に何やら気味の悪い違和感を覚えた。質量のない何かが足元にまとわりついてくるような感覚だ。

 黒づくめの男女も同じく何かの気配を感じ取った。思わず本能的に視線を落とすこととなる。

 途端に、輪郭を持った黒い影が地面から吹き出し、その衝撃で三名はばらばらと離れた。

 ロゼはそのすきに這い出すと、一心不乱に駆け出した。先には見慣れた人型の魔獣が、愛らしい笑みを浮かべていた。ロゼは、不覚にも安堵を覚えた。

「ラピスラズリ!」

「危なかったわねぇ、ロゼ」

 見ると、ラピスラズリは地に向けて手をかざし、先ほどの影を操っている様子。ロゼにとっては、この魔獣に限って目にする不思議な力だった。

 振り返れば、追手の男女は魔力を帯びた影を振り払い、忌々し気にこちらを睨みつけているのが見えた。

 続いて現れたケイトは、自身の召喚獣にロゼの身を任せたのち、相手に向かって進み出た。

「おい、ライセント。どうしてあんたがここにいる。誰の差し金だ」

 ケイトの言葉に相手が動じた様子はなかった。

 ライセントと呼ばれた男はうっとおしそうにフードを外した。黒い短髪を撫でつけ、冷淡な面持ちをしていた。

「貴様、ハイネルか。……貴様の知るところではない。だが、王の意向に沿う目的とだけ言っておこうか」

 男がはじめに口にしたのはケイトの姓だった。ロゼは、やはり顔見知りらしい彼らのやりとりを、さらにうかがおうとしたが、ラピスラズリによって視界を覆われたためにそれは叶わなかった。

 なすすべもなく、その腕の中で甘く毒々しい香りに酔っていた。


 すると、一同は四方から群衆の物音が近づいてくることに気が付いた。

 族長クジャールが魔獣使いを探しだすために、村人を率いてきたようだ。

 さすがに分が悪いと感じたのか、男は舌打ちすると、後ずさった。

 その横で女のほうが軽く目を閉じ、息を吐いた。次の瞬間、またもや新たな魔獣が召喚されたのだった。

 その魔獣の姿は、先ほど広場にいたそれに奇妙なほど酷似していた。鮮やかな色の羽根を散らす翼。猛禽の鉤爪。血に飢えたような赤い瞳。薄笑いを浮かべたような口元からは、先ほどの魔獣と同様に舌が長く伸びていた。

「あんたら、自分たちが何をしているかわかってるのか」

 ケイトは大弓を構えるが、相手も各々剣を構え、臨戦態勢だった。ケイトと同じく、徹底的に訓練された隙のない構えだった。

「魔獣使いは、今や貴様だけではないということだ。いつまでも大きな顔をしていられると思うなよ。親の七光りが」

「おにーさんにしては珍しく情が移ってるみたいだけど、王は裏切りを許さないよ。そこんとこ肝に銘じておくように」

 女の言葉を最後に、相手の二人は召喚した魔獣の背に跳びのり、背後に迫る山の斜面を飛び去っていった。

「あいつらは、一体何を言っているんだ……」

 ケイトが彼らに向かって矢を放つことはなく、その場に呆然と立ち尽くしていた。

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