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聖獣の庭、あるいは忘却曲線  作者: 蒼乃モネ
第三章 星降る獣の里、記憶の断片を
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第13話 夜襲

 星の流れは徐々に途切れ始めた。

 村人たちの夜の談笑もそろそろ終わりらしく、誰からともなく帰路につき始めた。


 ロゼたちもそろそろ休もうと借り家に向かう途中だった。そのとき突然、村のはずれから細く鋭い悲鳴が上がったのだ。女性の叫び声だった。


「ロゼ!アルフレッド!」

「行きましょう」

 ハークらはざわめきだった人々をかき分けながら走った。

 途中、木組みの見張り搭から「獣が来た」と声を張り上げる者がいた。

 獣使いの男たちも、我先にと現場へ向かっていった。

 今朝、ハークがケイトについて見回っていた場所だった。

 夜になると、木々が覆いかぶさるように鬱蒼と暗い場所だった。

 人々の手にする松明の明かりに目を凝らすと、若い女性とその子供が獣の群れのなかに取り残されていた。

山から降りてきたらしい野生の獣と向き合っている。

 果たして獣が何体うごめいているのかは確認できなかった。

 まさに一触即発の状況であり、獣たちは今にも飛びかからんとする勢いで、唸り声をあげている。


「あなた、獣から目を離してはいけないわ!動揺を見せてはだめよ!」

 ロゼは前に進み出た。下手に刺激するなと周囲に止められたが、獣たちの意識は多少ロゼへとそれた様子だった。しかし、助けに入るには、まだ遠かった。

 恐れおののく女性は子供を抱きしめたまま、獣たちから目を逸らさず言うとおりにした。全身は気の毒なほど震えていた。

「そう、そのまま、ゆっくり後ろにさがって」

 女性と子供の足が砂利道を引きずる。

 周囲の者は息をのんで、祈るようにその様子を見つめている。長い長い間だった。


 しかし、あるとき砂利を散らす音が響いた。子供が小石につまずいたのだった。二名は抱き合ったまま、もつれるように倒れこんだ。

 その瞬間、獣たちは一斉に飛び出したのだった。

 召喚獣らも村人の指示を受けて駆け出すが、彼女らとは距離があるため、間に合わないことは誰の目にも明らかだった。


「やめろーーー!!!」

 ハークが叫ぶと同時に、後方から乾いた音の連続が空を切った。

 数体の獣が、灰となり霧散したのが見えた。

 村人は何が起きているのかわからぬまま、しかし応戦に向かい、親子の救助に入った。

 そこからは、圧倒的に村人たちの優勢だった。ハークやアルフレッドが出るまでもなく、獣は退けられ、最後の一体も背を向けて山へと逃げ去っていった。


「助かったよ、ケイト!さすがだな!」

 ハークは、背後にケイトの姿をいち早く見つけ、駆け寄った。

「どうしてこんな外れに、女子供がいるんだか。何のための集落だ」

 ケイトはラピスラズリを連れ、いつもなら背に携えている大弓を手にしていた。

「あの人たち、無事でよかった…」

 ハークは、緊張が解けて泣き崩れる女性が夫と再会できた様子を見守った。転んだ子供も無事だ。

 しかし、ロゼは険しい表情のままだった。

「ハーク、獣はまだいるわ。さっきの広場に戻るのよ」

 ロゼの言葉に、ハークたちは踵を返し元来た道を走りぬけた。

「さっきの混乱のさなかに、他の場所から入ってきたのか?」

「知らないわ。あくまで勘よ」

 ロゼは、言いながら自身のこめかみを指さした。走りながらの会話はロゼの息を切らせた。

「勘だって?いい加減なもんだな」

 ケイトも後ろに続いていた。ラピスラズリも相変わらず地を滑るように移動する。

「あの子のことだから、きっと本当よ。私たちにもわかるものね、アルフレッド」

「……ロゼの勘は当たります。それから、確かに強い獣の匂いが近づいています」


 広場に舞い戻ると、族長クジャールとその召喚獣が数人の護衛とともに、獣と対峙しているのがわかった。

 クジャールはこの里唯一の聖獣使いというだけあり、堂々たる風格の召喚獣を従えていた。

 光沢のある白い毛並み、細く伸びた角、そして蹄を持っていた。一見、牡鹿のような風貌だったがその身体はどっしりと大きく、鋭利な牙を口角からのぞかせていた。

 クジャール自身も戦士のひとりであり、大きな剣を手にしている。


 一方、向かい合っている獣もまた大きかった。屋敷に植わっているちょっとした木々の高さほどもある。

 身体を震わせるたびに羽根を散らし、癇癪のような甲高い猛禽の鳴き声を放っている。真っ赤な長い舌がちろちろと伸びた。呼吸とともに波打つ毛並みのあいだからは固くざらついた地肌が覗く。

「あの黒いのは魔獣…」

 ハークは、レオセルダで目にした魔獣の姿を思い出し、そう確信した。

「なぁ、ケイト!あれって魔獣だろう!なんでこんなとこにいるんだよ」

「そんな馬鹿な…」

 ケイトは信じられないものでも見るように、目を見開いた。

 そして、素早く観察したのち、確かに魔獣だと漏らした。

「魔獣を扱える者は、俺以外もういないはずなのに」


「どういたしましょうか」

 アルフレッドは、ちらりとロゼを見た。

「あの魔獣の召喚主がどこにいるのか、探さないことにはね。魔獣の方はハークに任せましょう。聖獣使いの族長さんもいることだし。頼めるわね」

ロゼの言葉にハークは頷き、族長のもとへ向かった。

「そう遠くない場所から、こちらをうかがっているはずだ。手分けして探そう」

 ケイトとラピスラズリは、山の小高い展望台へと向かった。

「我々も急ぎましょう」

アルフレッドは聖獣の姿に変化し、主人を背に乗せると、広場の周辺を注意深く探し始めた。





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