第12話 星降る里
夜空には無数の星々が散っていた。その中心には、ひときわ強い輝きを放つ月が浮かぶ。
じっと眺めていると、ひとつ、またひとつと星が尾を引いて流れ始めた。
里の人々は、村の随所に焚かれたかがり火の近くに集まり、おしゃべりに興じている。
このあたりにそのような習慣があることを、里の人々との会話の中で知った。明るい時間よりも賑わっていると感じるほどだった。
ロゼ一同は明朝の出立を告げ、族長への挨拶を済ませておいた。
その後フィルは引き続き、族長クジャール、語り部のグラニット、そして古参の獣使いたちと話し込んでいた。
ケイトとラピスラズリは、人の和から離れていた。
ここにいるのは、ロゼ、ハーク、そしてアルフレッドのみ。
ざわめきの中でそれぞれ飲み物を手に、焚火を囲んだ。
「ハークに話しておきたいことがあって。これからのこと」
ロゼは決まっていたかのように切り出した。これまでケイトやフィルと行動を共にしていたため、なかなかゆっくりと話す時間が取れなかったのだ。
「私は幼いころの記憶がないから、ナイト様を今後も追っていく。聖獣使いとして生きていく。そのためには王都へ行き、登録もするわ」
ハークは頷いた。アルフレッドも黙って隣で聞いている。
「でも、あなたは違う。育ってきた居場所がある。聖獣の力が込められた剣を持っているのは偶然の成り行きかもしれない」
ぱちぱちと火のはぜる音がした。まるで火の周辺だけの小さな世界に包まれているような錯覚に陥った。
「ハーク殿は、孤児院で育ったのですね」
アルフレッドが、ハークに語り掛けた。話したくないならばいいのよ、とロゼが後に付け加えた。
「そう。別に話したくないとかはないよ」
「家族同然の人たちは、いるの」
「もちろん。ものごころついたときにはそこにいた。俺にしたらそこで生まれ育ったようなもんだよ」
「なら、ここで引き返すというのもありかもよ。ナイト様みたいに強くなる方法は、他にいくらでもある。兵士になってもいい。高給取りの用心棒になってもいい」
ロゼはハークの剣にそっと触れた。
「これまでの私たちだけの自由な旅と違って、これからは帰れるという保証はないわ。心配しなくても、その剣ならば私がナイト様に返してあげるから」
ロゼの言葉に、ハークは先ほどのことかと悟った。否、思い当たる節などいくらでも。そして、この勧めはロゼの気遣いだと気がついていた。
頭上では、ひときわ大きな星が流れたようだ。人々の歓声が上がる。
子どもたちの戯れる高い声が、背後を往来した。
「あなたは優しすぎるから、情に動かされて旅を続けるのであれば、よしたほうがいいわ。これ以上危険なことにあなたを巻き込みたくない」
ロゼの諭すような言葉を、ハークはじっと聞いていた。
彼の瞳は、いつも黒曜石のごとく深い色をたたえている。
ロゼは吸い込まれてしまいそうだと感じ、視線を二人の間に落とした。
今度はアルフレッドが、声を潜めて話し出した。
「僕は正直、フィル博士と官僚殿のことは、露ほども信用しておりません。あの魔獣はなおさら危険です」
今夜のアルフレッドは、珍しく進んで会話へ参入するのだなとハークは事の重大さを痛感した。
「それでもロゼが行くというのです。ロゼのためならば僕は従います」
どこか機械的な、しかしそれでもやはりアルフレッドの強固な意思を感じた。
特殊な能力により人間同然の姿をしていても、アルフレッドはロゼの従順な召喚獣だった。
「ハーク殿はどうするおつもりですか」
アルフレッドの言葉は、これまでにないほど重かった。
ハークは、その決意に敵う者はいないだろうと思わず苦笑いしたかった。そして、アルフレッドが自分を必要としていないのだということをひしひしと感じた。彼にとって自分は旅のお荷物に過ぎない。
これまで二名の言葉を聞き、思考をめぐらせていたハークは、ようやく意を決したように口を開いた。
「俺の旅の目的は、師匠に会うことだけじゃなくなった」
ハークの声にロゼとアルフレッドはじっと耳を傾けた。
「俺は、もっと広い世界が見たいんだ。初めてフィルに会った港からここまで、本当に色んなことがあって驚きの連続だった。でも、そんなのはきっとこの世界で起きてることのほんの少しの出来事でしかないんだって知った」
自分でも不思議なほどすらすらと言葉が湧いて出てきた。ロゼは黙って頷いた。アルフレッドは表情を変えなかったが、構わず続けた。
「だから、お願いだ。一緒に行かせてほしい。無理させてることはわかってる」
ハークの嘆願に、ロゼは自分が安堵したのを感じた。
「もちろんそれは止めないわ。こちらも何度も助けてもらってるもの。…あなたに覚悟があるなら、大丈夫よ」
ハークは、ロゼの言葉に心から感謝した。
ハークは広場の片隅にいるケイトとラピスラズリに視線をやった。彼らもまた、自分たち同様ひっそりと何かを話し込んでいるようだった。
「ケイトやラピスラズリのこと。あんなにこっぴどくやられたのに、気になるのね」
すべてを見透かしたようなロゼの一言に、ハークは頭が上がらないなと思った。
アルフレッドは興味なさそうに、会話から外れた。
「あいつらも、苦しんでいるんだよな」
「それは、ね」
「もちろん俺たちの安全が最優先だ。それはわかってる。でも、あいつらが俺たちを悪いようにするとはどうしても思えないんだよな」
つぶやいたあとで、「情に動かされるな」というロゼの言葉を思い出し、後悔した。
しかし、甘いと一喝されることはなく、ロゼも同じように苦しそうな表情をしていた。




