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聖獣の庭、あるいは忘却曲線  作者: 蒼乃モネ
第三章 星降る獣の里、記憶の断片を
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第9話 暗中

 里全体は、驚くほどのどかな景色が続いていた。

 手入れの行き届いた田畑に、見渡す限りの山々。

 ハークとケイトは、今日は村中の労働が休みなのだろうか、と話していた。

 聖獣使いの一行が来たことで大盛り上がりの広場の熱気が嘘のように、このあたりは静かだった。砂利道を踏みしめる音が耳を刺した。

 風がさわさわと木の葉を揺らす音。道沿いを流れる小川の音。

 そして、時折聞こえる子供たちのたわむれる声。馬のいななき。

 ハークはあくび交じりに、隣を歩くケイトを見やった。

「どこまでが居住区なんだろう」

「そういう概念はないんじゃないか。こんな場所は、自然との境界なんて思ってるよりあいまいなんだ」

「野生の獣も容易に山から降りてくるんじゃないか」

「そのために召喚獣がいるんだろう。このあたりの人間は、日ごろから身を守る術が染みついてる」

「なるほど」

 ハークは、里の人々の姿勢に感心した。人任せな都市部の人間とは違い、村全体で自衛できているということだ。

 ラピスラズリは、主人との散策がよほど嬉しいらしく、すっかり機嫌を直していた。

「興味津々ね。ハーク少年は、田舎育ちじゃなかったの?」

「ここまでじゃないよ。もう少し街に近かったからね」

「ここは田舎というより、秘境だ。俺たちの常識はあまり通用しないぞ」

「まぁ、なんとなくそれは感じてるよ」

 日が高くなると暑いのが苦手なケイトは、影を探しながら歩いていた。


 ハークとケイトが里を一回りしたころ、里の若者を連れたフィルが手招きをした。

「ハーク、ここにおったか。おお、ケイトも一緒か。ちょうど良かった」

「今度は何の用だ」

 ケイトはハークを差し出して、そそくさと逃げようとしたが、いち早く気付いたハークに腕を掴まれたのでかなわなかった。

「こやつらに剣の稽古をつけてやってくれんか。おぬしら二人は、実戦経験もあるからこれ以上の適役はおらんて」

 フィルが紹介した若者は血気盛んそうな男三名、女一名だった。

 皆、木を削って作った練習用の剣を携えている。

 全員、ハークらと同年代のように思われた。

「任せてよ!どれだけの力になれるかわかんないけど!」

 ハークの気の入りように、若者たちは目を輝かせた。

 ハークは、意気揚々といつも着ている黒のジャケットを脱ぎ、白いシャツの袖をまくると木彫りの剣を受け取った。

 ラピスラズリも珍しくはしゃいで、物見遊山でついていった。


「おい、フィル。今日中に出発させないつもりか。もう午後だぞ」

「すまんが、少々気になることがあってな。クジャールやグラニットの協力もあるから、まぁそんなにかかるまいて」

 言いながら鷹揚に構えていたが、返ってきたのは「ふざけるな」という低い声だった。

 次の瞬間、フィルはこれまで見たことのないケイトの剣幕を見た。にじみ出る怒りが、彼の拳を震わせていた。

「あんたが動かないことには、俺たちも先へ進めないんだ。あんたには宮廷博士としての自覚がまるでない」

 しばし両者は動かなかった。ハークらの声が、異様に遠く聞こえた。

「おぬしは、なにを焦っている」

「…」

 時が経てど、沈黙を貫くケイトの様子に、フィルは眉をひそめた。

 普段のくだけた様子は消え失せ、あっという間にその関係性が露わになった。

「ふん、分が悪くなればだんまりか、ケイトよ。若いうちから出世して、謙虚さを忘れたか、馬鹿者め」

 フィルの声は重かった。話し方こそゆったりとしていたが、余計に深刻さを増していた。

「魔獣使いに身を堕としたことを責めているのではない。王の命ならば従うしかなかったろうと、おぬしの辛い心境を理解していたつもりだ」

「だったらわかるだろう。俺には時間がない」

「今後も王都に尽くしていれば、その時間が伸びるとでもいうのか」

「王から距離をとって、早々に隠居まがいのことをしているあんたには、わからない」

 二人の間に何度も風が吹き抜けた。

 さすがに様子が変だと思ったのか、ハークたちは剣の鍛錬を止めた。

 フィルは、表情を穏やかに一変させ、ハークたちに続けてくれと手で合図を送った。

 ハークはそののちも二人を少し気にしながら、若者たちとの会話に戻った。

 さすがに召喚獣であるラピスラズリは、主人のもとへ向かってきた。

「権威に操られて、生き急ぐなよ。おぬしはまだ若いのだから」

 ケイトは、見つからない言葉の代わりに、恨めし気にフィルを睨んだ。

 フィルは、なおも目を逸らさなかった。

「おぬしが生きるために最善な道を、冷静に探せ」

「…」

 今度はそう長くない沈黙ののち、出立は明日でもいい、とケイト側が折れた。

 自分も先ほど似たような言葉をハークに言ったことが、思い起こされたためだった。

 彼らにも道を選ぶ権利があると感じている。

 自分とラピスラズリは使命のために彼らを監督し、もしも断りなしに逃げようとするならば、追う立場にならざるを得ないのだとしても。

 ハークたちのように限られた中から道を選ぶのは容易いことだと、ケイトは思った。王都に行くか、行かないかだ。

 しかし、あるともしれない未来を模索するのは、暗闇を手探りで這いまわるようなものだと感じていた。今の自分がまさにそうだと思った。

 身軽なラピスラズリは滑るように二人のもとへやって来たのち、心配そうに両者の顔を見比べた。

 フィルは、にっと歯を見せてラピスラズリに笑いかけた。

「ラピスラズリや。出発は明日の朝になったから、ケイトの剣さばきも今から見られるぞ」

「そうなの。ここに長居はしたくないけれど、ケイトが剣を振っている姿は見たーい!」

 ケイトはこの頑固じじぃめと内心毒づきながらも、やけになって手渡された木彫りの剣をひっつかんだ。

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