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聖獣の庭、あるいは忘却曲線  作者: 蒼乃モネ
第三章 星降る獣の里、記憶の断片を
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第1話 目覚め

 あたりが暗いなか、ロゼは目を覚ました。


 近頃、ひどい夢を見る。眠りが浅いせいで、疲れが抜けない。

 夢の内容は決まって、こうだ。

 自分の意識が暗くて寒いところで、何かが起こるのを待っている。

 最後には一筋の光が差す。

 それとともに目覚める。


 自分には、しっかりとした幼いころの記憶が欠けている。

 家族のことさえ覚えていなかった。故郷のことも。

 かすかに残るのは、乾いた廃都市の光景だけ。

 それさえもとぎれとぎれであり、ぼんやりと靄がかかっていた。

 思い出そうとすると、いいようもない不安に襲われる。

 だから、いつしか自らその記憶に蓋をした。

 

 しかし、いつからか騎士<ナイト>様が一緒にいてくれた。

 彼は生活の中で、獣と心を通わせる術を教えてくれた。

 きっとロゼという名も、彼がくれたものだ。

 名を与えられて、はじめて「ロゼ」としての記憶の蓄積が始まったらしい。


 今でも、記憶力というものが人より脆い。

 聖獣使いとして旅に必要なこと以外は、特に人の顔や小さな出来事についてあまり覚えていられない。

 他人のことに関心がないのも一因ではあるが。

 もともと、そういう性質なのだろうと思っている。

 ようは、どうでもいいのだ。


 ただひとつだけ。

 もう一度、ナイト様に会いたい。

 なぜ突然、姿を消したのか。

 聖獣であるアルフレッドと契約した直後のことだった。

 役目を果たしたとでもいわんばかりに、忽然とナイトは去った。

 

 このように、旅をはじめた原動力は、ただ彼との再会の望みだけだった。

 しかし、短い間に様々な刺激に触れ、心境の変化が起こった。

 あんなにも固く蓋をしていた記憶の中身を、確かめてみたくなった。

 すぐには無理だということは承知していた。

 いつか、この旅の果てに己が誰であるのか、そのルーツがわかればいい。

 

 ロゼはようやく、こわばらせていた身体を伸ばし、息を一つついた。


 ―さて、それはともかくここはどこであったか。

 この夢を見た後はいつもこうだ。頭がぼうっとする感じがしばらく抜けない。

 かすかに川の流れる音と、虫の鳴き声がする。


 視線だけで、部屋をぐるりと見回した。

 だんだんと目が慣れてくる。

 簡素なつくりの藁葺きの天井。

 土壁の隙間からは、風が入ってくる。生暖かい外気のため、寒くはない。

 背中が少し痛むと思えば、自分はこれまで藁で編まれたむしろの上で眠っていたのか。


 ―いや本当にどこなのよ、ここは。

 ロゼは、いよいよ体を起こした。狭い小屋に、自分一人だった。

「アルフレッドは。ハークはどこ」

 身体の上に掛けられていた毛布をはぎ取ると、脇に放った。

 それから、かすかに明かりが差し込む戸口へと急ぐ。


 小屋を出ると、生ぬるい微風が頬を撫でた。

 太陽都市と称されるレオセルダの街にいたときより、湿った森の香りが濃い。


 眼前の風景は、見知らぬ集落だった。

 夜であったが、かがり火が焚かれているため、火の近辺は明るい。

 明かりに照らされるは、大勢の知らない人間が、それぞれ楽しそうに会話に興じる様子だった。ロゼの存在など、気にも留めていない。

 みな一様に毛皮の衣服を身に着け、顔に奇抜な色彩の化粧を施しているのがわかった。

 女は髪に、美しい花や羽根飾りを挿していた。

 見慣れない装束の人々を目にし、状況の把握ができないロゼは発狂しそうになる。

 行くあてもなくふらふらと歩を進めていると、聞きなれた声が。

「ロゼ。気分は大丈夫ですか」


 声の主は彼女の召喚獣アルフレッドだった。物静かな青年の姿に変化している。この地に獣を寄せ付けない結界は張られていないことがわかった。

ひとまず、安堵する。

 自分が気づかなかっただけで、眠っていた小屋のすぐそばにいたらしい。

 アルフレッドは、虚ろなロゼの表情を即座に見て取り、目を丸くした。

「覚えてないんですか、山中で倒れたんですよ。みるみるうちに顔色が悪くなるから、とても心配しました」

 少し記憶があいまいだったが、ロゼはそうだったわねと返した。

 むろんそれが生返事であることに、アルフレッドが気づかないはずがない。


 暗い空には、星が光をにじませて瞬いていた。

 ロゼは、思わず天を見上げる。

「星がいつも見ているより綺麗ね」

「深い山の中ですからね。大都市からはこのように見えないと思います」


「二人の世界って感じね。あなたたち」

 鈴を転がすような声に振り返れば、意味ありげな笑みをたたえたラピスラズリが近付いてくるところだった。

 本当なら恐ろしい姿をした魔獣である彼女も、ここでは瑠璃色の豊かな髪をまとった女性の姿。

 王都の遣いとしてロゼたちに同行する青年ケイト・ハイネルの召喚獣である。

 彼女—ラピスラズリの姿を確認した途端、アルフレッドは嫌な表情を隠さない。

 聖獣であるアルフレッドと魔獣のラピスラズリは対の存在であり、何かと折り合いが悪かった。

「何の用ですか」

「ロマンティックな雰囲気のとこ邪魔して悪いのだけど、この村の長があなたたちを呼んでるわよ」

 ラピスラズリは、集落の奥の方向を指した。

 ひと際目を引く屋敷が、かがり火の明かりに照らされている。

 庭と池を備えた木造建築。立派な門構えには、縄飾りが掲げられていた。


 直感的に行きたくないと言い張るロゼを引きずるように、ラピスラズリはずんずんと屋敷を目指した。

 アルフレッドは不本意ながらあとに続く。ラピスラズリの無遠慮な振る舞いにより、彼が機嫌を悪くしていたのはいうまでもない。

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