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聖獣の庭、あるいは忘却曲線  作者: 蒼乃モネ
第二章 太陽都市、魔獣使いの饗宴
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第15話 宴のあとに

 レオセルダの大衆酒場。

 魔獣騒ぎのカーニバルから、数日経った。

 街は、何事もなかったかのように復興し、祭り期間より往来の人は減ったもののあいかわらず観光都市として、賑わいを見せている。

 魔女は姿を消した。

 しかし、依然その死体は発見されず、しばしのあいだ捜索されていたが、もう話題に上ることもない。

 それぞれの生活に戻った街の住民からは、一夜の悪夢として完結されたようだった。


「この素敵な出会いに乾杯」

 ラピスラズリは、隣に座るハークに、軽くグラスを傾けた。

「素敵な出会いではなかったかな…」

 ハークは、苦笑いを浮かべた。

 見れば見るほど、この人の姿をした魔獣は人慣れしている。

 瑠璃色の髪と瞳。

 身体の曲線を強調するような振る舞いは、妙に色っぽく映るのだった。

「おぬしは、昔から全然変わらんなァ。愛嬌があって結構、結構」

 複数のグラスをあけ、すでに出来上がったフィルは上機嫌である。


「見た目が変わらないのは、当たり前でしょ。中身は魔獣なんだから。人の姿なんて、仮の記号みたいなものよ」

 少し離れた席から、ぼそりとつぶやいたのは、ロゼ。

 この人間と料理から発せられる熱のこもった空間のなかでは、当人たちまで聞こえない。

そのかわり、応じたのは彼女の召喚獣アルフレッド。むろんここでは紳士の姿。

「それを聞くのは少し悲しいですね。自分たちはこう見えても、ずいぶん気を使っているのですよ」

 アルフレッドの含みのある神秘的な笑みは、ロゼを多少困惑させた。

「あんたは、人離れしすぎているのよ。人たらしのラピスを見習いなさいな」

 ロゼはそう言いながらも、アルフレッドによる他者に対する距離感には、少しばかり安堵しているのだった。

 何より人離れしている自分のそばにいるには、相応しい片割れではないかと。


「同じ席でも静かだな、このへんは」

 夕餉に遅れてきたケイトは、二人の正面に座った。

 人ごみ嫌いのケイトが、合流する約束を守り、身体を休めていた宿を出て来たのは意外なことだった。

 この青年は慣れたように、給仕にひとつふたつ注文を伝えた。

 誰の目から見ても異様な片青眼に銀の髪。

 容姿を覆い隠すフードは、もうつけていない。

 息も絶え絶えだった数日前の様子とは違い、神経質な猫のようなさまは健在だった。

 ―このご時世、すすんで獣とかかわってるのなんて、変人ばかりってこと。

 ロゼは嘆息をもらした。


「休めば、体調も魔力だかも元通りってわけね」

「まぁ、そんなとこ。今までも、こうしてやってきた」

「不便な身体ですね」

 ロゼもアルフレッドも、感情のこもっていない声で、しかし同情しているのは事実だった。

「なんだって国家の犬が魔獣と契約なんてしたのよ。この国では、禁忌とされているんでしょう」

「国が異例を認めていることのほうが、気になりますけど」

「ああ、もう煩い」

 ケイトは、うっとおしそうに机を軽く叩いた。

「これならまだガキっぽいあいつの方が、いくらかマシだ」

 名を呼ばれたハークと、談笑していたフィル、ラピスラズリが一斉にこちらへ意識を向けた。


「あんまり苛めてやらないでね、ケイトのこと」

 ラピスラズリは席を立ち、ケイトの背もたれ側から彼に寄りかかった。

「もっと愛想よくしなきゃ」

「そら、もっと煩いのがきた」

 折しもテーブルに食事が届けられた。

 次々運び込まれる湯気だつ肉料理たち。

 料理を並べる給仕の腕が伸び、視界が向かい側の席と、一瞬遮られた。

 ラピスラズリは、ケイトの耳元にささやく。

「嫌なことは、言わなくていいのよ。思い出さなくていいのよぅ」

「余計なお世話」

 ケイトは、首筋に絡みつく冷たい彼女の腕を振り切った。


「ともかく、これからフィルの身柄はこちらで預かる」

 酔って紅潮したフィルは、「なんと」と目を丸くする。

「せっかく小僧や嬢ちゃんたちと旅を楽しんでいたのに」

「楽しんでいる場合か。獣博士宛の依頼がたまっている」

「王都の人間といると、息が詰まるんじゃて」

「嘘つかなくていいのよ。フィルはアルフレッドに興味があるだけ」

 ロゼは、見透かすようにフィルを見た。

「あいかわらず冷たい嬢ちゃんだこと」

 フィルは、がっはっはと笑った直後に、急な眠気に襲われたのか、机に突っ伏した。すぐさま聞こえるたかいびき。


「だが、お前らも王都に来い」

 ケイトは、テーブルを囲む皆を見回した。

「聖獣使いを名乗るなら、王都での正式な登録が必要だ」

「国の番犬が一応は認めてくれたってこと」

 ロゼは、指先で作った犬の影絵を机上で動かした。

 なんでそこまで煽るかね、と内心ひやひやしていたのはこの場においてハークひとりのようだった。

「そいつの働きに免じてな。せいぜい感謝しておけ」

 眉をひそめたケイトが一同の視線を促したのは、ハークの方向だった。

 ラピスラズリも、しどけなくケイトに寄りかかったまま、にこりと微笑む。

「ありがとね、ハーク。みんなを守ってくれて」

 

 ―おお、あれに見えるは白銀の角。風になびく毛並み、豊穣の金。背には緋色の鞍ありて…

 そこで突如、会話を割って入ったフィルの寝言には、ハークとロゼともに勢いよく顔を見合わせることとなる。

 それは、二人が追い求める騎士の男が自分達に教えた、神獣の唄の一節だったのだから。


(続く)

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