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Harem Time!  作者: 浅野エミイ


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7.愛をささやけ

 檜から姉貴をどうにか引き離し、研究室のベッドへ運んで横にした。こうなったら俺が何とかするしかない。大手会社の顧問である姉貴の不祥事は、ほっとけば俺の将来に暗い影を落とす。そうなる前に、こいつらを制御する方法を見つけなければ。

「お前ら、全員集合!」

 号令をかけてみるが、桜以外の四体は相変わらず好き勝手に行動している。桜はわりと協力的だったので桃をどうにか連れてきてくれたし、檜は泣いているだけなのでとりあえず引きずってきた。問題は残り二体だ。どうしようか。

 しばらく研究室の天井を見ていたが、突然ひらめきがおとずれた。よし、この手を使ってみよう。

「おい、蓮」

「なんだ、もやしっ子」

 蓮の中で俺の評価は「もやしっ子」なのか。確かにお前よりは運動してないよ。そんな怒りはこらえて、俺はひとつ助言をした。

「お前さ、スポーツマンだったら、ちゃんと集合かけたときに来ないといけないんじゃないか? こういうことって体育会系の基本だと思うんだが」

 俺の言葉に、蓮はハッと何かに気がついたような顔をした。

「もやしっ子、その通りだな! オレとしたことがそんな基本ができてないなんて、スポーツマン失格だ。教えてくれて、サンキューなっ!」

 グッと親指を立ててウインクする。やっぱり古臭い。が、予想通り。蓮は「体育会系のルール」に忠実だ。これはうまく扱えるかもしれない。あとは椿だ。

 俺は魔法陣を書いて、なにやら変な儀式を開こうとしている椿の横に立った。

「椿、その魔法陣って、黒魔術? 俺よくわからないんだけど」

「そうだ。お前たち悪魔姉弟を地獄に落とすため、僕が呪いをこめて書いたものだ」

 話している最中も、黙々とサインペンで床に謎の記号を書いている。そこでこの一言を投下してみた。

「でもさ、『人を呪わば穴二つ』っていうよね。自分も呪われちゃうんじゃないの?」

 俺のこの言葉に、椿の手は止まった。まだ止まっただけだ。ここでたたみかける。

「椿って、神様信じてるんでしょ? 人を呪うような穢れた魂って、よくないんじゃないかなぁと思う訳よ。ま、素人判断だけどね」

 椿はペンを落とした。

「ぼ、僕は……なんという愚かな行為を! これを神はお許しくださるのだろうか!」

 今度は俺のパンツの裾を引っ張ってくる。こうなりゃこっちのもんだ。

「そうだな、今まで呪った人間に優しくしてみたらどうだ? 俺が自分で言うことじゃないけどさ」

 さすがにこれは無理がありすぎたか? しかし椿はしばらく考えた後、静かに頷いた。

「善処してみよう」

 俺は溜息をひとつついた。これで何とか全員がまとまるきっかけができた。

 全員が揃ったところで、改めて根本的な質問をしてみた。

「お前らさ、自分を造った人間……主人が誰か分かってるよな?」

「そこに寝ている人間だ」

 桜は模範解答。桃も一応はそれで納得している。椿はゆっくりと姉貴を指さした。呪うくらいだからその認識はあったのだろう。檜にいたっては『ママ』と呼んでいたくらいだから分かっているはずだ。

「……皆がそう言っているから、その人間なんだろう」

 蓮は歯切れの悪い言い方をした。もしかして、こいつは自分が「造られた」とか、細かいことは考えていなかったのでは? そんな思考が頭を過ぎった。

 まぁ、姉貴が主人だということが認識されているのならよい。次のステップだ。

 次の課題は「主人の命令を聞く」。これは骨が折れそうだ。だけど、姉貴の命令なんて、本当に聞くだろうか。

「姉貴は今ぶっ倒れているから、俺が主人代理ってことで。それで一応命令を聞いて欲しいんだが」

 五体のアンドロイドは黙ったままだ。これは了承ということでいいのだろうか? 分からないが、進むしかない。

 俺は姉貴のしそうな命令とやらを考えてみた。擬似ハーレム化させるのが当初の目的だと思われるのだから、まず、主人に好意を示すことが大事だ。

「よし、とりあえずお前ら、主人へ愛の言葉を囁いてみろ」

「お前はソドムの民かぁぁっ!」

 最初に椿が声をあげた。

「うっわ、翔平ってそういう趣味なんだ……」

 桃が桜の後ろから、俺に冷たい視線を向ける。前に立つ桜も表情に変わりはないが、俺と目をあわそうとしない。

「君みたいなもやしのどこに魅力を感じろと言うんだい? ははっ!」

 蓮は……なんか無意味にむかつくし、檜は顔を真っ青にして、地面にへたりこんでいる。

「誤解すんな! 『俺に』じゃなくて『姉貴』にだ! 俺はただの主人代理。そこんところ忘れんなよ。まぁ、愛の言葉じゃなくてもいいよ。とりあえず主人への敬意と愛情を表現してみろ」

「博士への愛情表現? それって要するに欲求不満を解消させりゃいいんでしょ? なら下の……」

 桃がそこまで言いかけた瞬間に、桜が口を両手で塞いだ。桃は本当に俺と同い年くらいのアンドロイドなのか? 腹黒いというか、発想が不健全すぎるぞ。

「ともかくやれ!」

 俺の命令の後、五体のアンドロイドは少し考え、渋々といった感じで自分たちの思う『愛情表現』を一人ずつ始めた。

 まずは椿だ。なにやらわら人形のようなものを作りはじめた。ただ黙々と作業している。こちらに対するアクションは何もない。

「椿、何してんの?」

 仕方なく聞くと、椿はやれやれといった風に説明を始めた。

「わからないのか? 主人と見立てたブードゥー人形を作っているのだ」

 それを作って何になる。むしろ呪いの道具になるだけじゃないだろうか。人形を作り続ける椿を放置して、次は蓮だ。不自然に縄を持っているのが気になるが、どうするつもりだ。

「オレと一緒に気持ちよくなろうぜ?」

 普通に言われると気持ち悪いだけだが、こういう強引な台詞は意外と女ウケするんじゃないか? 俺は蓮の行動に期待した。やつは今までの行動が異常だったので、ここで巻き返しを図ってもらいたい。人、というかアンドロイドとしての好感度の。そうじゃないと、ただの変人だ。

 蓮は持っている縄を両手に持ち、跳んだ。また縄は蓮の前に戻ってくる。跳ぶ。この繰り返しだ。これは単なる……。

「縄跳びか?」

「いや違う、もやしっ子も入るんだ! 一緒に健康になることっ! それがオレの愛情表現さっ!」

 俺は当然、その縄の中には入らなかった。何が楽しくて二人跳びしなきゃならないのだ。俺が無視してもかまわず後ろで縄跳びをしている蓮は、変なテンションになってきている。心底恐い。だんだんただの前跳びじゃなくて、二十跳び、ハヤブサに変化しているけど、気にするもんか。百歩譲って「主人の健康を気にする」という点だけは評価してやるが。うちの姉貴は全く運動しないからな。

 蓮の縄跳びのせいで、細かい塵が当たって泣きそうになっている檜が横にいた。こいつは何をする気だろう。

「ママの代わりなの?」

 これでいいのか、三十代。そういいたいところだが、相手はアンドロイド。つっこみ不可だ。

「ああ、そうだ。檜は何をしてくれるのか?」

 そう訊ねると、檜はゆっくり立ち上がった。今までとは別人のように、しゃきっと背筋を伸ばし、パンツについた塵を叩いている。

「私はね……」

 そういうと近くにあった紙を一枚、指に挟んだ。相変わらず甘いボイスにだけはうっとりしてしまう。じっと見ていると、それの両端を中心に折り曲げて更に中心を折った。

「紙飛行機を作るのが得意なんだ!」

「ああ……」

 ぶーん、と紙飛行機を持って遊んでいる檜を見た。これが桃ぐらいの外見だったら『萌え』の対象になったかもしれないが、いかんせんやっているのは渋いオヤジ。よく言って、現実逃避している大人にしか見えない。もはや心の病気だ。

 桃と言えば、次に待っているのがやつだ。さて、この腹黒は何をしてくる気だろう。

「翔平」

 いきなり名前を呼ばれたので桃の方へ向きなおると、全裸のやつがいた。俺はむせた。

「お前、何してんの!」

「え、だから愛情表現でしょ? 博士には僕のパトロンになってもらう訳だし、このぐらいのサービスはしてもいいかなと」

「そんな不健全な考えはドブに捨てろ!」

 俺は急いで脱ぎ捨ててあった服を拾い集め、桃に押しつけた。

 まったく、どいつもこいつも結局ダメアンドロイドじゃないか。これは最後の比較的まともな桜に全権委任するしかない。こいつさえ姉貴に尽くしてくれれば、ハーレムなんかなくても桜一筋でやってくれるだろう。それ自体が問題であることはさておき。

 その桜は今、目の前にいる。俺と目が合う。じっと見つめあう。一分くらいだろうか。オレたちは見つめあっていた。なんだか我慢比べのような気がして目がそらせなかったけど、とうとう自分から目をそらせた。桜は確かに美形だ。美形なせいで、見つめあうとなんだか取り返しのつかないことになりそうな気がしたのだ。恐ろしいアンドロイドだ。

 ちょっと横の壁を見た後、再び桜に視線を戻す。するとまた桜はじっと見つめてくる。なんなんだ、これは。

「あの、桜」

「なんだ」

「これのどこら辺が愛情表現?」

 俺は率直に聞いた。どう考えても愛情表現ではない。見つめてくるだけだ。ただし、変な気持ちにはなってしまうけど。それとも、『愛情を込めた視線でうっとり見つめる』ということが愛情表現なのだろか。でも、愛情のこもった視線ではなく、ただ単に見ているといった風だったが。

 桜は首をかしげた。

「わからないのか? 自分みたいな美形を鑑賞させる。これが愛情表現だったのだが」

 肩が落ちた。まともだと思っていた桜も、致命的にナルシストだったとは。

 俺にはこの五体のアンドロイドを制御することは無理だ。姉貴が起きるのを待つしかないのか。しかし、またさっきのようなアンドロイド・サファリパーク状態になっているところに身を置いているのはさすがにきつい。精神的に。姉貴には悪いが、あとは一人で勝手にやってくれ。それが創造主の義務だ。俺は巻き込まれたただの中学生。さぁ、こんな穴倉から抜け出して、現実世界へ帰ってしまおう。

 姉貴の荷物を適当に置いて、カバンを持って研究室を出ようとすると、檜が擦り寄ってきた。

「お兄ちゃん、帰るの?」

「ああ、俺はこんなSFチックな場所に、もう一秒と居たくないんでね」

 檜は泣きそうな顔になった。

「それって、私たちが悪い子だから?」

 他の四体も俺をじっと見ている。気のせいか、少し寂しそうな表情で。いたたまれなくなった。こんなやつら、もう見たくない。俺は研究室のドアを開けた。

 研究室の外側の、さっき姉貴が開けてくれた重厚な扉の前へさしかかる。姉貴が起きればなんとかなるだろう。どんなに変なアンドロイドたちでも、一応イケメン揃いなんだし、当初の目的であるハーレム化は成功するさ。なんてったって姉貴は超大天才。普通の俺が付き合えるのはここまでだ。

 研究室のガラス窓から全員が見える。全員が俺を見ている。気にするもんか。俺には関係ない。視界にベッドが入った。姉貴はまだ気絶しているようだ。しばらくすれば、またいつも通りマッドサイエンティストっぷりを発揮するだろう。

 これで本当におさらばだ。

 俺は目の前の扉に手をかけた。さすがに研究室の入り口だけあって重い。でも、さっき姉貴は簡単に開けていた。俺が開けられないはずがない。

 しばらく唸って扉と格闘していたが、どうも開かない。なんでだ。冷静になって周りをよく見てみると、壁にブレーカーみたいなものがいくつも並んでいた。それに何かを差し込む穴もいくつかある。その中のひとつにコードがささっていて、研究室の中と繋がっている。横には乱暴にさし抜かれたコードがだらんとぶら下がっていた。見ると、どうやら扉を開け閉めするための電源が抜けていたようだ。大企業の研究室のわりにはずさんな作りだ。

 俺は、もう見ないと決めていた研究室の中を再び見るか迷った。このコードを抜けば、きっと研究室に何か起こる。……桜か。確か、ヤツの原動力は電気で、尻にコードがささっていた。あいつの動きが止まるのか。俺は研究室を見た。桜はじっと、俺がプラグを抜くのを待っていた。自分の棺桶の中で。

 くそっ、覚悟が鈍るじゃないか。まるでこれは人殺しだ。しかも当の本人は俺に殺されるのを待っている。

「ただのアンドロイドだ。これは殺しじゃない」

「そうだよ、別に少しの間止まるだけだし」

 気がつけば横に桃がいた。反射的に口元を押さえた。

「翔平は家に帰りなよ。僕らの家はここなんだから、気にすることなんかない。桜を止めて扉を開けた後に、僕がコードをまた差し込むからさ」

 俺は安堵の溜息をついた。そうだよな、俺が出た後、誰かが再びプラグを差し込めばいい。

それだけのことじゃないか。永遠の別れってわけでもない。俺は今のことで、こんなやつらでもちょっと情がわいてしまったことに気づいてしまった。変人集団に囲まれたくなったら、またこの研究室にくればいいんだ。

「そうか。桃、悪いな。そうしてくれ」

 俺は桜に手を振って合図をした後、静かにコードを抜いた。桜も無表情で手を振りかえしていたが、しばらくしてその動きは完全に静止した。その様子を見ると、今度は扉のコードを穴に差し込んだ。扉をグッと力を込めて押すと、今度は簡単に開いた。

「じゃ、桃。姉貴とあとのことは頼むぞ」

「はいはい、じゃあね~」

 俺が外に出ると、桃は分厚い扉を閉めた。

 濃い一日だった。アンドロイド自体見るのが初めてだったが、あいつらは俺の想像をはるかに超えるものだった。あんな個性的なやつら、人間でも出会えるのは難しいぞ。しかもそれが集団でいるんだもんな。これってある意味奇跡的な出来事だったのかもしれない。その分相当疲れもしたけど、帰り道の俺は上機嫌だった。何だかんだ言っても、楽しいやつらだった。また現実に飽きたら、あの異常な空間に行ってみるのもいいかもしれない。その時は姉貴に連絡しないとな。

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