2.桜
「だいたいこれで大まかな起動は完了。あとは個別に主電源をオンにしていけばOKね」
「え、一体じゃないのか?」
「そんなこと一言もいってないわよ」
どれだけ男に飢えてるんだ、この人は。恐るべき肉食系女子。だけど、そのベクトルが通常の人間に向いていないところはちょっと問題アリなのだろうけど。
姉貴はさっき見た棺桶の方へ移動した。俺もそれについていく。棺桶はよく見ると、表面に「BDC―1 桜」と番号と名前らしきものがガムテープに書かれてある。姉貴がゆっくりとフタをあけると、黒づくめの服に身を包んだ、眠っている美青年がいた。年齢は十七、八ぐらいだろうか。前髪が左目にかかっているのがミステリアスな感じ。ちょっとV系っぽいのは姉貴の趣味だろう。
「これ、人……だよね?」
「眠ってるみたいでしょ? これ、生物じゃないのよ。バイオチームから色々と技術をこっそり提供してもらって、人間とほとんど同じように造ったの。感情までコントロールは完璧よ。中身は機械だけど」
俺はニヤリと笑っている姉貴を見て、ゾッとした。マッドサイエンティストって、姉貴のためにある言葉だと確信した。
「さ、起動させるわよ」
そういうと腕をまくり、いきなり「桜」の両目を指で刺した。
「な、何目潰ししてんだよ!」
俺がつっこみを入れている間に、「桜」の横たわっている棺桶の周りは光だした。起動のサインだ。目が起動ボタンになっていたらしい。このアンドロイドを設計した人間の悪趣味さがよくわかるようになっている。
しばらくブーンという低音が響き、それが鳴り止むと、ゆっくりと桜は目を開けた。
「やだ! ちょっと、イケメンと目が合った!」
姉貴は異様なテンションで俺の腕を掴んだ。イケメンって、そう造ったのはあんただろうが。
桜はそのままゆっくりと体を起こすと、姉貴をじっと見た。
「……飯」
一言残すと、そのままの体勢で起動停止した。
「あれ? 起動はちゃんとしたのに……って、満タンだったエネルギーが0になってる!」
いつの間にか俺の腕から離れた姉貴は、桜の脇腹にあるエネルギーゲージを確認した。
「なんかこのアンドロイド、すごい燃費悪いんじゃない? 電気代やらガソリン代がバカにならないだろ?」
「何言ってるのよ、時代はエコよ? ガソリンなんか使わないわ。ソーラーシステムを使ってるんだから」
そういいつつ、新しい太陽電池を補充する姉貴。再び桜に目潰しを食らわすと、再起動を始めた。そして、またゆっくりと目を開ける。
「今度はうまく行ったみたいだな」
俺が桜をまじまじと眺めていると、姉貴はまた俺の背後に隠れてしまった。
「姉貴……さっきからなんなの? 自分で作ったんでしょ? 会話してみなよ」
姉貴を促すと、俺の背から出てきて桜に開口一番こう言い放った。
「桜、あんたは私の下僕一号よ!」
「ちょっ、何言ってんの! 姉貴は普通の男子にもそういう口を聞くんデスカ?」
アンドロイドとはいえ、感情を持ってるらしいモノにそういう言い草はないだろう。姉貴の男子に対する感情って、一体……。俺はともかく、もっと普通に人間に接するように話しかけるよう、姉貴を説得した。
「桜くん? 目覚めた気分はどう?」
気持ち悪いぐらい引きつった顔で桜に声をかける姉貴。ごめん、いくら姉貴でもさすがにその表情は恐怖を感じる。これが同年代の異性と会話が乏しい人間の精一杯の笑顔か。それでも桜は平然としている。感情機能がおかしくなっているのだろうか?
「腹減った」
無表情で一言。再び姉貴が脇腹を確認すると、またエネルギーゲージは0に近くなっていた。
「おい、本当にこいつ燃費悪いぞ!」
「もう、しょうがないな。コードにつなげておくか」
ヤケクソになった姉貴は、太いコードを持って桜を後ろ向きにさせ、ズボンを下ろした。
ちょっと待て、すごく男として嫌な予感が満載なんだが。その予感は当たった。姉貴は勢いよく、コードの先を桜の尻の穴に刺した。
「あああ!」
「何よ、うっさいわね」
「なんで姉貴はそういうところにコードを刺したりするかなぁ? 電源が目とかもありえないでしょ?」
姉貴はうるさそうに俺の顔を睨んだ。
「じゃあ電源は乳首で、コードは鼻の穴に刺したら問題なかったっての? 鼻からコード伸ばしてるアンドロイドってどうなのよ? それこそドン引きよ!」
「そういう話じゃなくて、人としてどうかって問題でしょ? 姉貴は普通の人間にも目潰ししたりする訳なの?」
「うるさい」
誰かが俺らの言い争いをさえぎった。桜だった。ズボンを直し、立ち上がって、俺らの間に割り込んだ。
「ケンカよくない」
自分はいままでわりと常識的な人間だと思っていた。それなのに、アンドロイドに諭される日が来るとは。俺はちょっと自己嫌悪に陥った。
「すいません……」
気がつけば、姉弟揃ってアンドロイドに謝っていた。なんだろう、この光景。




