1.姉貴
姉貴の様子が変だ。いや、厳密に言うと、存在そのもの自体がもとからおかしいのだが。実の弟である俺が肉親にそんな言い方をするのには訳がある。簡単に言うと、姉貴は超大天才なのだ。
十二歳でアメリカの大学を飛び級で卒業。分野はロボット工学とか、俺にはよくわからないものだけど。十七になった今は、大手自動車メーカーと薬品メーカーの顧問を務めている。うちの家系は全くもって普通の家庭だったのに、なぜか姉貴だけが突出していたのである。
そんな超大天才の姉貴が、ここ半年顧問を務めている会社の研究室に泊まりこみでいるのだ。前にもそういうことは少しあったのだが、ちゃんと家族に日程を告げてから出かけていた。なのに、今回だけはそれがない。会社の人から聞いた話だと、今は重大な研究の山場という訳でもないらしい。そこで俺が今日、差し入れとともに研究室までお邪魔することになったのだ。
外は曇り。今にも雨が降りそうだ。さっさと姉貴に会って、家でのんびりしたい。そんな本音を胸に隠し、俺は姉貴の会社の最寄り駅へ降り立った。
会社の人、多分重役だと思われる人間に案内してもらい、会社の入り口から地下の研究室の近くまで行く。そこで中にいる姉貴に備え付けの電話で連絡を取った。
「姉貴、俺。翔平だけど、入ってもいい?」
「よく来たわね。入って」
受話器越しの姉貴の声は、不気味なほど陽気だった。電話を切ると、会社の人は「私はこれで」とそそくさと行ってしまった。
俺は姉貴が中から重厚な扉を開けてくれるのを待った。しばらくすると、ズシンと大きな音がして、扉が開いた。
「あ、姉貴……でいいんだよね?」
思わず確認した。扉を開けてくれた人物は、わかめのような髪の毛が背中のあたりまで伸びて、不思議なゴーグルをかけていた。背中には大きなボンベをしょっている。灰色に汚れた白衣から、ほのかにガソリンのようなにおいがした。
「翔平、久しぶり」
ゴーグルと一緒に前髪を上げると、肌はボロボロだったが、姉貴である真実の顔が出てきた。
姉貴は研究室の中にある、テーブルに俺を案内した。全体的に研究室は誇りっぽくて喉がイガイガする。姉貴がティーバッグの紅茶を入れてくれたが、すでに何十回も抽出されているようで、お湯の色が変わる気配はなかった。
仕方なくそれを飲んで、喉のイガイガを紛らわせようとしていると、研究室の奥の方に、棺桶のようなものが五つ並んでいるのが目に入った。まるでここは病院の霊安室のようだ。地下だから肌寒いし、蛍光灯がついていて明るいけれど、なんだか周囲は灰色に見えた。
気味が悪い。さっさと出てしまおう。姉貴は元気だった。親にはちゃんと報告できる。
「俺、帰るわ。様子見に来ただけだし」
そう言って腰を浮かすと、姉貴が俺の肩をグッと掴み、イスに押し付けた。
「なに言ってるの! ちょうどすごいものができたばっかりなんだから、見ていきなさいよ!」
「……すごいもの?」
俺は嫌な予感がした。姉貴は天才だ。「超」がつくほどの。だが、人として何か大きなものがかけている類の天才だ。とんでもない兵器なんか造り出してないだろうな。不安を感じる俺をよそに、姉貴は語り出した。
「私はね、モテたいのよ!」
「……は?」
突然の一言に、俺は次の言葉を失った。
「生まれて十七年。齢十二でアメリカの大学を卒業してから今まで、同い年の男子との接近があまりにもなさすぎる! 天才なのに、いや、天才だからこそ男子と遭遇できない! と、いうわけで、『男子がいないなら造ればいいじゃない』……そういう結論に至ったわけよ」
あぁ……。ときに天才は時代がその考えについていけずに異端視されるものであるが、姉貴の場合、時代は一生ついてこないだろうな。単なる残念な人になってしまったのか。
そういうことなら、「姉貴の造ったすごいもの」の想像は簡単につく。どうせアンドロイドでも造って、擬似ハーレム状態でも楽しむつもりなんだろう。この人は膨大な予算と知識を無駄遣いして、何をしてるんだろう。言いようもない脱力感でいっぱいになった。
「……とりあえず、母さん達が心配してたから、電話ぐらいかけなよ。俺、帰るから」」
再びイスを立とうとしたら、今度はチョップを思いっきり喰らった。
「バカ野郎! 偉大なるお姉様の発明を見ていこうという気持ちにならないのか! これだからケツの穴の小さい弟は!」
痛ぇ……。チョップより、ダメ人間な姉貴の暴言で、心が痛ぇ。
「まぁまぁ、ともかくすごいアンドロイドを造ったんだから、見ていきなさいよ。自分で言うのもなんだけど、天才であることを再確認させられたものなのよ?」
確かに、「アンドロイド」なんて簡単に言うけど、なかなか見る機会ってないよな。アニメとかだったら、そういうものが日常的にいるかもしれないけれど。俺は三次元にいる普通の中学二年生だ。実際そういうものは二足歩行ロボットぐらいしか見た事がない。しかも、テレビでだ。そう考えると、ちょっと好奇心が沸いてきた。
「仕方ないな、ちょっとだけだぞ」
姉貴は俺の返事を聞かずして、すでに機械の起動に取り掛かっていた。




