31.理想を形にしていく ①
私は目標を叶えるために、理想を目指すためにも一生懸命頑張ることにした。
なんだろう、少しずつ自分のやりたいことを固めている。孤児院では早速働き始めた。
食堂でも相変わらず働いている。それにリグシャンと一緒に魔物討伐にも向かっているし。他の冒険者達ともたまに一緒に冒険に向かう。
時折魔法が上手く発動しないこともあったけれど、そのことを責める人は誰一人いない。
この街の人々は優しい人たちばかりなんだなと嬉しくなった。
自分でお金を貯めることは楽しいな。お金がたまっていく実感を感じるとなんだかそれだけでほくほくした気持ちになる。
公爵令嬢としての私から、平民としての私として生きている今。
この生活を始めた当初はどちらかというと緊張や不安の方が多かったかもしれない。今は新しいことをはじめることに対して楽しみの方が強い。
過去の私に起こった出来事に、王妃になったオタリー様が関わっているかもしれないとは言われている。ただ……幾ら公爵令嬢であった私を彼女が気にしていたとしても今の私は気にすることはないのではないか? とは思ったりする。実際のところ、どうかは分からないけれど。
これも王宮に居る方々が過去の、王妃候補であった私に幻想を見て比べているせいなのかしら。グベルド様は私とオタリー様を比べる方が多いとおっしゃっていたもの。
でも過去の私のことだけを見ているらしい王宮の人々は、今の――平民に混ざって意気揚々と生きている私を見たら驚くことだろう。
私は国王陛下達や社交界の人々にとっては、ただの過去の人物。
もしかしたら国王になったあの方も……オタリー様にがっかりしているのだろうか? それだったら……私の方が国王陛下に恐れ多いことだろうけれども、少しなんだかなという気持ちにはなってしまうだろうな。
私にとって国王陛下は、当時の記憶のまま。キラキラしていて、いつかそのお傍に居られたらと夢見ていた。
出会った頃に好きになった。だから王妃になりたいと思った。あの方の傍に居たかったから。
ただ学園生活の後半は、嫌な思い出の方が多い。
国王陛下がオタリー様と親しくなる様子を見て、胸が苦しくなったことを覚えている。
……どうせなら、オタリー様達が幸せだったらよかったのにな。私という公爵令嬢を押しのけて王妃になったのだからどうせなら幸福でめでたしめでたしで終わった方が私は嬉しかった。
引きこもったままの精神状態だったら……私は妬んだり、どうしてって嘆いたりしていたかもしれない。でも今の私が充実しているからこそこういう気持ちなんだろうなとは思っているけれど。
孤児院ではたらいていると教会に赴くこともある。
教会で周りの人の幸せを願ったりする。その中には国王陛下やオタリー様のことも含めた。
関わってきた人たちが、皆、幸せであった方がいいなとただそう思っているから。
「マルちゃん、こっち!」
「マルちゃんは魔法が使えるんですよね? 私も使いたい!」
孤児院の子供達は基本的に私に向って友好的な子達の方が多かった。ただ中には私のことを訝し気に見ている子もいなくはない。
短い期間だけ接すると、見えてこない子供達の一面がある。やっぱり少ししか交流を持たない時だと本音なんて口にしなかったりする。
……孤児院の子供達は親が居なかったり、事情があって預けられている子たち。
だからこそ、寂しさとか、どうしようもなさは感じてしまったりしているみたい。泣いていたり、周りの大人たちにあたってしまったり……そういう問題を起こしてしまう子は居る。
親が居ないことで、周りとは違う疎外感を感じてしまったりしているのだろうな。
私は親が存在しているから、彼らの気持ちが正確に分かるわけじゃない。貴族令嬢として産まれて、恵まれて生きてきた。それなのに引きこもって、外に目を向けることを拒絶してきた。
親が居ない中、一生懸命生きている子供達の方が十数年もずっと引きこもって生きてきた私よりも彼らの方が苛酷に必死に生きてきたんだろうな。
そう思うと、ちょっとした癇癪などを見ても受け止めようと思った。
十代の頃の私だったら、子供達の気持ちを考えるなんて出来なかっただろうな。今の私だからこそ、こうして子供達に向き合うことが出来ているんだ。
今じゃなかったら、孤児院で働こうなんて思わなかった。
寄付ぐらいはしただろうし、孤児院を訪れることもあったかもしれないけれど、ここまで内部のことを知ることはなかっただろう。
子供達は私に対して警戒を持っている子も当然居る。外ではにこやかにしていた子も、孤児院に居る時は少しだけ問題を起こしていたり……。
私が子供達にとっての身内になったら、それはそれでこういう部分を沢山見せてくれるようになるんだろうな。
もっと子供達が私を信頼してくれるようになったら嬉しい。
こうして子供達と接していると、私、結構子供のことが好きなんだなってそうも思った。
年を重ねたからこそ、子供のことを守りたいなとか、慈しむ気持ちが増しているのかもしれない。




