22.街に入り込んだ魔物
私の暮らしは変わらない。
周りからちらちらと視線を向けられながらもやっていることは、スタンピードの補助や魔法の練習、それに食堂で給仕の仕事をしているぐらいだ。劇的な変化はない。
貴族の出だと噂されている私を狙っている人は居ないわけじゃないけれど、幸いにも今のところ大事は起きていない。
これはスタンピードがおこりかけている状況だからこそ、皆、余裕がない。だからこそ、私が貴族の出だろうが関係ない状況というかなんというか。
そもそもスタンピードの兆しがある中でそのような些細なことを気にする余裕など人々にはない。
生きるか死ぬかの盤面が近づいてきている状況が迫っているのだ。
――そんな状況でなければ私の日常は崩れていただろう。とはいえ、良かったとは口が裂けても言えない。だってスタンピードでは人の命が少なからず失われているのだ。
命というのは平等で、貴族だろうと平民だろうと……どんな立場の人間でも死んだら終わりである。
私は前世の記憶を持ち合わせていて、転生というものを果たしたけれど――次があるかどうかは不明。どちらかというとない可能性の方がずっと高いだろう。
皆、スタンピードという出来事を前に、冷静ではいられないのだ。
今のところ対処は順当に進んでおり、想定以上の魔物が発生することはなさそうだとそうも手紙には書いてあった。そのことにはほっとした。
スタンピードは、対応を間違えれば大事になってしまう。
それが分かっている者達は、些細なことで問題を起こしたりはしない。
今の所、ミレハーユ公爵領では大きな被害は起きていない。それだけ上手く対処が出来ている証である。ただし近隣の領地――公爵領と同様に被害を受けている領地は、対応が遅れたのか村が一つ大きな被害を受けたらしい。
そういう話を聞くと、胸が痛んで仕方がない。当たり前の日常を歩むはずだった人が命を失うのだ。うん、今の私が出来る限りのことをやろう。以前の私のように戦闘面でスタンビートの役に立つことは出来ない。
けれども、今の私だからこそ――平民としての暮らしをしているからこそ出来ることはある。
「これ、持っていくわね」
相変わらず、ギルドの雑用業務も行っている。基本的に私と深く関わっている人達は、深く私の事情を聞かないでくれているのでやりやすい。
貴族として産まれた私。あんなことがなければ、平民として暮らすことなんてなかっただろう。人生って本当にままならないものだ。
あとは予測不能だからこそ、余計に楽しいのだけれどもね。
今回のスタンピードでは、戦闘面では役に立てないけれど……もし仮に今後、同じような状況になったら、私は戦えるようになりたいな。
私はまだこれから先の未来、どうやって生きていくか決まっていない。だからこそ、出来ることは増やさないと。
そう思っているからより一層魔法の練習もしている。ただ未だに強力な魔法は使えていないけれど。
こう考えると戦闘に身を置いて、咄嗟に魔法を使える人たちって本当に尊敬できると改めて思った。
働いて、冒険者ギルドのお手伝いをして、魔法の練習をする。
そうして二か月ほどが経過した。
――そんなある日のこと、私は恐れていた事態に遭遇してしまった。――緊急アラームが鳴る。
魔物が、街へ入り込んだ。
基本的に街の中へは魔物が入り込まないように対策が施されている。魔物が一匹でも入れば――それこそその魔物が肉食であるならば、大惨事がおこるだろう。
人の味を覚えた魔物はそれだけ危険だ。
今回、街に入り込んだであろうと予測されている魔物は小型ですばしっこく、そして時には人を食べることさえもある雑食の魔物らしい。そんなものが街に入り込むなんて恐ろしい。
なるべく家の外に出ないようにとは言われているものの、もし家の中へと入り込んだら? という恐怖心は拭えないものなのだから。
それにもし寝ている間に襲われたら? そうなれば戦う力のない一般人なんて、一たまりもないだろう。
私はまだ貴族令嬢として生きていた頃に魔物討伐を行っていたけれど、戦闘を一度もしたことのない人の方がずっと多い。
私の周りにはお兄様がつけてくれた護衛たちが居るけれども、いつ魔物に襲われるかなども分かったものではない。
やはり早急に魔法をもっと以前のようにつかえるようにならないと……。
そうは思うものの、やはり私はトラウマがぬぐえないのか満足に魔法が発動出来なかった。
私って情けないなと落ち込んでしまった。
こんなところで立ち止まっている自分に苛立ちもある。……前世の記憶を思い出していなかったら、私はもっと焦っていただろうな。引きこもりを脱却できずに、スタンピードに対して何も出来なかったかもしれない。
それに比べたら、まだ冒険者ギルドの手伝いなどが出来ているだけ悪い状況ではないと思おう。
そんなことを考えながら、必要以上には外に出ないようにはした。食堂も流石に街に入り込んだ魔物問題が片付くまでは閉められている。
冒険者ギルドのお手伝いのために私は家の外に時折出ていたのだが、その最中に――子供が魔物に襲われているのを目撃した。




