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カレンベルクの城門を出て数刻。馬車を走らせていたケンジとリィザは、国境付近にある「出島」の交易所へと立ち寄った。
ここは以前、ケンジが交易開始のために尽力し、魔族側の商人と何度も膝を突き合わせて交渉した場所だ。顔見知りの商人も多く、馬車から降りたケンジの姿を見つけるなり、一人の巨漢の魔族が声を上げて近づいてきた。
「おいおい、誰かと思えばケンジじゃないか! 戻ってきてたのか!また俺たちをイジメに来たのか?」
赤銅色の肌に鋭い二本の角を持つその男は、名をザルガスという。魔国でも手広く商いを行う商隊の主で、出島でのケンジの仕事ぶりを認めている一人だ。
「ザルガス。久しぶりだな。今日は仕事じゃないんだ。停戦合意に基づいた定期会合のために、視察を兼ねてバルザスの内陸へ向かおうと思ってね」
ケンジがそう答えると、ザルガスは驚いたように目を剥き、隣にいるリィザを交互に見た。
「なんだって? 陛下が認めた使者様だってのは知ってるが、人間が二人だけで内陸へ入る気か? ……無謀だな。書状があっても、田舎じゃ通用しねぇ。血気盛んな奴らも多いしな」
「……俺も、それは懸念していた。だから、だれかに頼もうと思っていたんだが紹介してくれないか」
ザルガスは「はっ」と鼻で笑うと、太い腕を組んで自慢の商隊を指差した。
「おいおい。水臭いこと言うなよ。誰かと言わず俺に任せろ。まあ他の奴が行きたいと言っても俺が行くけどな。あんたには出島で随分と儲けさせてもらったからな。貸しを返させろ。俺の商隊が一緒に行ってやるよ。誰も手出しはさせねえ」
「助かるよ、ザルガス。恩に着る」
「堅苦しいことは抜きだ。早速行くぞ」
こうして、ケンジとリィザの馬車は、ザルガスの商隊の列に加わった。
出島のゲートを越え、結界の外へと出た瞬間、空気の色が変わった。
空はわずかに紫がかった薄灰色を帯び、風には独特の金属質な匂いが混じっている。街道の脇に生える樹木は結晶のような葉をつけ、時折、遠くで聞いたこともない獣の咆哮が響く。
馬車の中で、リィザはケンジの袖をギュッと掴んでいた。
「……久しぶりだけど魔族の国は空気が違うわね」
「そうだな」
(マスター。リィザ様。周囲の魔素濃度はカレンベルクの約1.5倍です。環境エネルギーの増加により、私のバックグラウンド処理速度が3.2%向上しました。もうリィザ様からの魔素供給は不要です)
「……そういえばそうだったわね。最近当たり前になっていたから忘れていたわ」
ある程度ノアを行使してもリィザの負荷を気にする必要が無くなるのはありがたい。省エネモードにしてからは魔素枯渇は起きていないしな。
その時、馬車の外からザルガスの野太い声が響いた。
「おい、ケンジ! 今夜の宿場が見えてきたぞ。『ガル・ドルナ』だ。魔族の村ってやつを、その目に焼き付けな!」
視界が開けた先には、巨大な岩山をくり抜いて作られたような、荒々しくも機能的な石造りの建築物が並ぶ村が姿を現した。
人間が一人もいない、魔族だけの居住区。
ザルガスという確かな案内人を得て、ケンジとリィザの旅は幸先の良いスタートを切った。




