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賑やかな夕食のあと、カレンの「少し夜風でも当たってきたら?」という露骨な気遣いにより、ケンジとリィザは二人きりでテラスにいた。
カレンベルクの夜風は心地よく、空には二つの月が静かに輝いている。
「……ケンジ、さっきの言葉。本当に嬉しかった」
リィザが手すりに寄りかかりながら、月明かりに照らされた横顔を見せる。
「俺も、あんなにストレートに言うつもりはなかったんだが……ついな」
ケンジは少し照れくさそうに頭を掻いたあと、ふと真剣な表情になってリィザを見つめた。
「リィザ。君には、本当のことを話しておきたい。俺がどこから来たのか……以前、記憶喪失だと言っていたがあれは嘘なんだ」
リィザは驚いたように目を見開いたが、何も言わずケンジの言葉を待った。ケンジはポツリポツリと、かつていた「日本」という場所の話、二十年勤めた仕事をAIに奪われ、絶望の中で命を落としたこと。そして、気づけばこの世界に「転生」していたこと。
「……驚いたろ。俺は、この世界の人間じゃないんだ」
リィザはしばらく沈黙していた。しかし、その瞳に拒絶の色はなかった。彼女はふっと、優しく微笑んだ。
「ええ。でも……なんだか納得しちゃった。だってケンジって、私より年下なのに、どこか老成しているんだもの。普通の人はノアがいてもあんなに色々うまくやれないわ」
「……買い被りすぎだよ」
「いつかケンジが記憶を取り戻して、故郷に帰っちゃうんじゃないかって、少し怖かったの。でも、そうじゃなかったのね。記憶がないんじゃなくて、もう帰る場所がない……だからここで頑張っていたのね」
リィザの理解に、ケンジは胸が締め付けられるような思いだった。
「黙っていて済まなかった。……騙すつもりはなかったんだ。あの時は俺も何も分からなかったし、後で言おう言おうと思っていたけどそれこそタイミングが無くてな……」
「でも話してくれたじゃない。ありがとう。あなたの正体が何であれ、あなたのおかげで今の私があるの」
それから、二人は時間を忘れて語り合った。前世の便利な道具の話、リィザが子供の頃に憧れた騎士の物語。これまでの旅路。
二人の距離が昨日よりも少しだけ縮まり、指先が触れそうになったその時。
(マスター。感傷に浸っているところ恐縮ですが、強制割り込み(インタラプト)を実行します。現在時刻は深夜。そろそろ切り上げないと、バルト様が突入してきそうです)
「ノア……タイミング……。とは言え助かったのかな」
(バルト様の突入をエリック様、レオ様、カレン様の三名が廊下の角で抑えているようです)
ケンジとリィザが顔を見合わせ、苦笑しながらドアへ向かい開けた、その時だった。
ドアのすぐ近くでバルトを筆頭に家族全員が団子状態になっていた。バルトはバツが悪そうに咳払いをすると、ケンジの肩に手を置いた。
「……ケンジ殿、そろそろ遅いから寝たらどうだ。部屋を用意しておいたぞ。もちろんリィザとは別の部屋だ」
「ありがとうございます。バルト様……」
父親としての威厳を必死に保とうとするバルトに、リィザが「もう、お父様!」と呆れた声を上げる。
賑やかな家族の騒ぎに包まれながら、ケンジは心の中でノアに話しかけた。
(ノア。俺、この世界に来て本当に良かったよ)
(……マスター。私もです)
こうして、ケンジのカレンベルク家での最初の夜は、暖かな笑いと共に更けていった。




