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王都からカレンベルクへと続く街道。馬車の車輪が立てる一定のリズムが、車内の沈黙を余計に際立たせていた。ケンジは手元の手帳に目を落としたまま、昨夜からの動揺を振り払うように口を開いた。
「……そういえば、リィザ。王都の魔導書で俺がどんな魔法を覚えたか、まだ話してなかったな」
「あ、気になってたのよ!あんたのことだから禁忌の魔法でも覚えたんでしょ」
リィザが待ってましたと言わんばかりに身を乗り出す。その距離の近さに、ケンジの心拍数がわずかに跳ね上がった。
「まずは『転送』だ。特定の拠点間にポータルを設置すれば、一瞬で移動できる。それから……一通りの属性魔法と、『アイテムボックス』の術式も解析して習得した」
「ええっ!? 全属性にアイテムボックスって……それ、伝説の賢者か何かの構成じゃない」
ケンジは苦笑して首を振った。
「でも、理論上覚えただけで、今の俺の魔力じゃ発動すら怪しいものが多い。ノアのサポートがあっても、出力不足だ。もっと場数を踏んで、レベル上げをしないと使いこなせないだろうな」
(補足します。マスターの現在の魔力総量では、上位魔法を一回放つだけで気絶する恐れがあります。レベリング・プランの実行を推奨します)
「ノア、プランを作っておいてくれ。……それからリィザ。お前にも使えそうな術式を見つけた。『魔法剣』という技術だ。剣に魔力を纏わせ、属性を付与する。お前の身体強化の範囲を剣まで広げるようなもんだ」
「魔法剣……! 響きがいいわね、それ。早く特訓したいわ」
リィザが楽しそうに笑う。
夕刻、二人の馬車は街道沿いにある小さな村に差し掛かった。今夜の宿を取るために立ち寄ったのだが、村の入り口には重苦しい空気が漂っていた。
「……どうしたんですか?皆さん、顔色が悪いようですが」
ケンジが落ち着いた声で尋ねると、村人の一人が答えた。
「……ああ、旅の方。実は、近隣の森に獰猛な魔物の群れが居着いてしまいましてな。家畜が襲われ、村人も森へ入れず……。冒険者に依頼を出したいのだが、村に余裕が無くどうしたものかと困っているところなのです」
ケンジとリィザは顔を見合わせた。
「ちょうどいいわね、ケンジ」
リィザが不敵に笑い、腰の剣に手をかける。
「ああ。その魔物、俺たちが引き受けましょう」
「えっ? お二人が?でもお支払いする報酬がありません」
「心配いりません。今晩宿を用意していただければ十分です。こう見えて彼女はかなり強いんですよ。俺も少し魔法の心得がありますし。早速行ってきます。森はあっちですか?」
「えっ? 今からですか?せめて明日にされては?」
「心配いりません。夜目が利く方ですし、何もしていないのに泊めてもらうわけにはいかないでしょう?」
意味の分からない展開に戸惑う村人たちを残し、ケンジとリィザは森へ向かう。
夕闇が迫る森の入り口。ケンジは魔力で索敵を開始する。
(マスター。前方300メートル地点に反応を確認。オーク並びにウルフの混成群。さらに後方に大型の個体……オークキングの反応があります)
「リィザ。魔物の位置と例の『魔法剣』のイメージを共有する。……それから俺も魔力が枯渇しない程度に『全属性』のテストをする」
「了解! 行くわよ!」
久しぶりの冒険者としての「実戦」。二人のぎこちなかった空気は、心地よい緊張感へと塗り替えられていった。




