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レムリア王国の第四騎士団長ボルドーが、重装歩兵二千を引き連れてアルザス平原に現れた。
ガストンの警告を「臆病者の妄言」と切り捨てた彼は、銀色に輝く大盾の列を並べ、力押しで砦を潰す構えを見せる。
「我こそはレムリア王国第四騎士団長、不落の盾ボルドー! カレンベルクの娘よ、出でよ! 正々堂々、王国の名誉にかけて貴殿を討ち取る!」
ボルドーの怒号に応えるように、砦の門がゆっくりと開いた。現れたのは、家宝の剣を腰に下げたリィザである。
「……リィザ・カレンベルク。いざ勝負!」
ボルドーが咆哮と共に、装甲を活かした突撃を仕掛ける。大剣が空を切り、リィザの頭上へ振り下ろされた。しかし、リィザは半歩退くだけでそれをかわすと、剣の腹でボルドーの肘を鋭く弾いた。
「――っ!?」
体勢を崩したボルドーの喉元に、一瞬で銀色の切っ先が突きつけられる。
一合。あまりにもあっけない幕切れに、レムリアの全軍が凍りついた。
「……ガストンの方がまだ粘ったわよ。あなた、弱いわね」
リィザは冷ややかに言い放つと、剣を引いた。
「捕虜にする価値もないわ。……帰りなさい」
背中を向けて砦に戻るリィザ。ボルドーは屈辱に顔を真っ赤に染め、震える手で泥を掴んだ。
一週間後。
傷ついた自尊心を「雪辱」という名の狂気で塗りつぶしたボルドーが、再び攻めてきた。
「リィザ・カレンベルク! 出てこい! 今度こそ貴様の首を跳ねてくれる!」
しかし、砦の門が開いても、そこにリィザの姿はなかった。
代わりに現れたのは、漆黒の鎧を纏い、引き締まった表情の守備隊長である。
「……リィザ殿なら、もうここにはおられない。次の任地へ向かわれた」
「貴様のような雑兵に用はない! あの女を出せ!」
「リィザ殿は任せると言われた。……私が相手だ」
激突する二人。ボルドーの猛攻に隊長は苦戦を強いられる。かつての彼なら数合で沈んでいただろう。しかし、リィザに叩き込まれた「呼吸」と「体幹」が、彼の体を極限で支えていた。
「……ここだ!」
隊長はボルドーの太刀筋を最小限で見切ると、鎧の隙間を縫うように鋭い一撃を叩き込んだ。ボルドーが膝をつく。隊長の勝利だった。
「……帰れ。我らは、無益な殺生は好まない」
「ふざけるな! 全軍、突撃だ! 蹂躙しろ!」
ボルドーの叫びに、レムリア兵たちは困惑しながらも武器を構えた。しかし、二度の敗北を目の当たりにした彼らの士気は低い。
それでも王命に従い、渋々と攻め寄せるレムリア兵たち。
だが、そこで彼らはさらなる絶望を味わうことになる。
「リィザ殿の特訓を、無駄にするな! 迎え撃て!」
砦から打って出たグランヴェールの兵たちは、もはやかつての雑兵ではなかった。
一人一人がレムリアの隊長格に匹敵する武技と、一切の無駄がない動きで重装歩兵を圧倒していく。
「……なんだ、この強さは。 バカな!」
押され気味になったレムリア軍は、ボルドーを連れて敗走を始めた。
かつてのグランヴェール軍なら勝ち誇って追撃し、殲滅を図っただろう。しかし、彼らは一定の距離でぴたりと足を止めた。
「……追撃はしない。何度でも付き合うぞ」
隊長はケンジの言葉を反芻するように呟き、整然と砦へと引き揚げていった。
平原に残されたのは、ただ敗北感に打ちひしがれたレムリア兵たちの、長く伸びた影だけだった。




