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ガストンたちが解放される数週間前。時間は少し、時計の針を巻き戻す。
カッセル砦でケンジは広げた地図とレムリア兵たちの証言を照らし合わせ、静かに思考を巡らせていた。
「……なるほど。ガストンの話を聞く限り、前線の末端兵はもう戦いに疲弊している。だが、本国の騎士階級は『名誉』を守るために、採算を度外視して侵攻を命じ続けているわけか」
ケンジの呟きに、ノアが脳内で静かに答える。
(マスター。捕虜たちの言葉から、レムリアという国の構造的な歪みが読み取れます。彼らの行動原理は、もはや生存ではなく、過去の『誇り』を守ることに固執しています。理屈で説得しようとしても、彼らにとっては『誇りを汚す誘惑』としか受け取られません)
隣で剣の手入れをしていたリィザが口を挟んだ。
「分かり合うのは無理ってこと?」
「ああ。だが、彼らの『誇り』を逆手に取れば、内部から崩壊するだろう。彼らが名誉を重んじて突っ込んでくるたびに、民や兵の不満として溜まっていく。……ノア、その結末はどうなると思う?」
(レムリアという国自体が、自らの重みに耐えきれず、内側から瓦解するでしょう。今回、捕虜を無傷で、しかも手厚く扱って返せば、戻った兵たちの間に『敵の方が我々を人間として扱っている』という疑念が生まれます。それがやがて、体制を覆す毒となります)
「……怖いこと考えるわね、ノアは」
リィザが苦笑する。ケンジはその間に、自分たちが去った後も砦が守られるよう、着々と準備を進めていた。
広場では、今や「リィザ信者」の筆頭となった守備隊長が、兵士たちを鼓舞していた。
「いいか! リィザ殿が不在でも、この砦を維持できなければグランヴェールの名が廃る! 呼吸一つ、歩法一つ、教わった通りに再現しろ!」
兵士たちの練度は上がり、食事や休息の管理も徹底された。今や守備隊は、リィザへの崇拝を原動力に、精鋭組織へと変貌を遂げていた。
(マスター。ガストン氏らの解放準備が整いました。彼らには『グランヴェール王国の考え』という毒が回っています。これが王都でどう広がり、国の根幹を揺るがすか……楽しみですね)
「……お前も、だんだん性格が俺に似てきたな」
(最高の褒め言葉として受け取っておきます)
こうして、ガストンたちは解放された。
それは慈悲ではなく、レムリアという古い体制を終わらせ、新しい形へ作り変えるために。




