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アルザス平原のはるか向こうにあるレムリア王国の王都。
そこには、重苦しい沈黙と不信感が渦巻いていた。ガストンら一団がカッセル砦に捕らえられてから一か月。誰もが長期にわたる身代金交渉を覚悟していた矢先、レムリアの前線基地に彼らは何の前触れもなく、五体満足で解放されたからだ。
「……身代金の要求も、領土の割譲もなしか。信じられん」
戻ってきたばかりのガストンたちを睨みつけ、将軍の一人が吐き捨てた。ガストンたちは一か月の捕虜生活を送っていたとは思えないほど顔色が良く、装備こそ没収されていたが、拷問を受けた様子もない。
ガストンは重い口を開く。
「敵の事務官――ケンジという男からの伝言です。『我々は強く、砦もはや鉄壁である。また、魔族の国と停戦しており、戦力は十分である。戦いを望むのであればどこまでも付き合う』……とのことです」
「魔族と停戦だと?噂には聞いていたが……。いや敵の話を鵜呑みにはできん。しかし、捕虜の無条件開放とは余裕を見せているつもりかっ」
将軍の一人が机を叩いて激昂する。しかし、ガストンは動じない。彼の脳裏には、あの深い外堀と、一騎打ちで自分を完膚なきまでに叩き伏せたリィザの姿が焼き付いていた。
「……あの砦にいるリィザ・カレンベルクという娘は化け物です。魔族の将軍を討ったという話も聞きましたが、あながち誇張ではないかもしれません。まともにぶつかれば、我が騎士団は甚大な被害を免れません」
その言葉に、周囲の騎士たちから嘲笑が漏れた。
「情けないことを! 小娘一人に負けてのこのこと帰ってくるとは。レムリアの騎士として恥ずかしくないのか!」
「そうだ! 敵を持ち上げるとは何を考えているのだ。裏切りを疑われても文句は言えんぞ!」
浴びせられる罵倒。捕虜から戻った兵士たちは拳を握りしめ、屈辱に耐えるように俯いた。彼らは知っている。自分たちが解放されたのは、ケンジからの「命を無駄にするな」というメッセージであることを。
「……静まれ」
玉座に座るレムリア王が、冷徹な声で場を制した。王の視線はガストンを射抜くように捉える。
「ガストン。貴殿の忠誠を疑いたくはないが、一度敗北を喫した者に再び軍を預けるわけにはいかん。貴殿と戻った兵たちは、沙汰があるまで謹慎を命ずる」
「……御意。ですが、王よ、どうか……」
「黙れ。……次の派遣には、第四騎士団長ボルドーを当てる。我が王国の重装歩兵軍の前にどこまで耐えられるか、見極めてくれよう」
ガストンはそれ以上、何も言えなかった。
自分が感じた「底知れぬ恐ろしさ」は、戦場に立っていない者には伝わらない。
レムリア王国の精鋭、第四騎士団が動き出す。




