ツインテール姐さん成長物語 ――元気が余りすぎた結果、ヒロインになりました 第20話 小さくて可愛い、でも中身が濃すぎる――一年生、先生が一番あわてる日
四月。
桜は咲いているし、ランドセルはまだ新品で、子どもたちの足取りには「これから何かが始まるで」という、妙にまぶしい勢いがある。
そんな朝、東大阪のとある小学校の正門を、ひときわ目立つ低めツインテールがくぐった。
赤嶺美月、一年生。
小柄。
目がくりっとしていて、笑うとやたら可愛い。
ぱっと見れば、どう見ても“しっかり者の可愛らしい女の子”である。
実際、入学式の段階では教師陣の印象も良かった。
「可愛い子やねえ」
「礼儀正しいし、返事もしっかりしてる」
「お母さんも綺麗な人やったなあ」
担任は名簿を見ながら、心の中でうなずいていた。
(よし、この子は大丈夫そうや)
――この時点では、まだ何も知らなかったのである。
最初の違和感は、自己紹介の時にやってきた。
「じゃあ順番に、お名前と好きなものを言っていきましょうね」
子どもたちが「いちごです」「でんしゃです」「おえかきです」と可愛らしく答えていく中、美月の番が回ってくる。
美月はすっと立ち上がり、妙に姿勢よく胸を張った。
「赤嶺美月です」
ここまでは普通だった。
「好きなもんは、ケーキと町工場と、筋の通ったことです」
教室が静まり返る。
担任がまばたきをした。
(……町工場?)
しかも美月は続けた。
「どうぞ、よろしく頼みます」
低い。
最後だけ妙に渋い。
クラスの子どもたちは「かわいいー」と笑っていたが、担任だけはうっすら汗をかいた。
(……あれ? ちょっと癖ある?)
癖どころではなかった。
一時間目。
プリントを配るだけの平和な時間で、さっそく美月は空気を変えた。
前の席の男の子が、消しゴムを落として困っている。
すると美月は、椅子を引いてさっと拾い、机の上に置いてやる。
「はい」
ここまでは完璧。
男の子が「ありがとう」と言うと、美月はうなずいて一言。
「ええで。弱いもんには寄り添わなあかん」
担任、再び固まる。
(言い回しが一年生ちゃう)
だが、行動は完全に正しい。
さらに休み時間。
背の高い二年生が一年生の列に割り込んできた。
その瞬間、美月が一歩前に出る。
「順番は守ったほうがええで」
声は小さい。
だが、なぜか妙に迫力がある。
二年生は最初、小馬鹿にしたように笑った。
「なんやねん、お前ちっちゃいな」
小柄で、ツインテールで、顔立ちは愛玩動物みたいに可愛い。
そら舐める。
だが、美月は一歩も引かなかった。
「ちっちゃいとか関係ないやろ」
さらに一歩詰める。
「筋、通そや」
空気が変わる。
二年生、黙る。
そして、なんとなく列の後ろへ回る。
後ろで見ていた一年生たちがざわつく。
「すごい……」
「赤嶺さん、なんか強い……」
担任は頭を抱えたくなった。
(行動は百点やのに、雰囲気が怖い)
とはいえ、美月はただ怖いだけの子ではなかった。
勉強はよくできた。
字もきれい。
話もきちんと聞く。
体育でも元気いっぱいで、しかも人のことをよく見ている。
転んだ子がいれば真っ先に駆け寄る。
泣いている子がいれば「大丈夫やで」と横にしゃがむ。
荷物の多い先生を見れば「持つで」と動く。
そして何より――
本人が一番楽しそうだった。
明るい。
声が大きい。
変なことを言う。
でも嫌味がない。
気づけば、自然と周りに人が集まる。
「美月ちゃん、次なにして遊ぶ?」
「赤嶺さん、これ分からへん」
「みーちゃん、一緒に帰ろー」
本人に“まとめよう”という意識はない。
だが、自然と中心になる。
リーダーの資質が、もう漏れていた。
問題は、言動の安定感がまるでないことだった。
ある日は任侠口調。
「そこ、ちゃんとした方がええで。筋が通らへん」
ある日は怪しい協和語。
「ヨークミテチョウダイ、次ハ算数ノ時間ネ~」
ある日は急に爽やか。
「みなさん、おはようございます♪ 今日も元気にいきましょうねっ」
担任は職員室で報告した。
「赤嶺さん、ものすごくいい子なんです」
「うん」
「でも、日によって人格が違うんです」
隣の教師が聞き返す。
「問題児なん?」
「いえ……むしろ模範的です」
「ほな何が問題なん」
「説明が難しいんです」
本当に難しかった。
学年主任のベテラン教師が、一度教室をのぞきに来たことがある。
長年、小学校教育に携わってきた大ベテラン。
多少の個性では動じない人物だ。
だが、その日見たものは予想の外だった。
授業前、子どもたちがざわついている中で、美月が教室の真ん中に立っていた。
「ほな、座ろか」
誰に言われたわけでもない。
だが子どもたちは、なんとなく席につく。
「静かにしたら、先生も助かるで」
妙に筋が通っている。
しかも次の瞬間には、隣で困っている子に鉛筆を貸してやり、前の席の子のハンカチを拾い、最後に担任へ向かってにっこりする。
「準備できてるで」
主任は職員室に戻るなり、湯のみを置いてしみじみ言った。
「……これまでに、ちょっという子は見たことないですね」
周囲が聞き返す。
「問題あるんですか?」
主任は首を振る。
「いや、むしろ逆です」
そして真顔で続けた。
「天然記念物みたいな子です」
職員室、大笑い。
帰り道。
美月はランドセルを揺らしながら、いつものように明るく歩いていた。
「今日も楽しかったなあ」
隣を歩く蓮は、もう完全に馴染んでいる。
「うん。でも今日、先生ちょっと困ってたで」
「なんで?」
「美月、朝はお天気お姉さんで、昼は任侠で、掃除の時だけ協和語やったから」
美月は少し考えて、平然と言った。
「忙しいねん」
蓮はもう「???」にもならなかった。
「そっか」
慣れとは恐ろしい。
こうして、小学校一年生になった赤嶺美月は、早くも“完成形”に近かった。
小さくて可愛い。
頭もよくて運動もできる。
弱い者には寄り添う。
しかも人を惹きつける。
ただし、口調と人格だけが安定しない。
それでも誰もが認めていた。
変な子やけど、ええ子や。
その評価は、幼稚園の頃から少しも変わっていなかった。
そしてその“ちょっと変”が、後に大勢の人を笑顔にし、前に進ませる武器になることを、この時点ではまだ誰も知らなかったのである。




