ツインテール姐さん成長物語 ――元気が余りすぎた結果、ヒロインになりました 第13話 ケーキ屋か工場長か、両方や!――将来設計だけは強気
東大阪の町工場街には、当時どこか重たい空気が流れていた。
景気のいい話は少なく、仕事が減った、材料費が上がった、先が見えない――そんな言葉が、日常の中に自然と混ざり込んでいた。
通りを歩いても、賑やかな笑い声より、どこか疲れた空気の方が目立つ。
赤嶺製作所もまた、その例外ではなかった。
朝、シャッターを開けて機械を動かし、黙々と作業をこなす。
口には出さなくても、職人たちは感じていた。
「昔みたいにはいかないな」という、じわりとした現実を。
そんな中で、赤嶺製作所だけが、ほんの少し違う空気をまとっていた。
「おはよー!!工場長、来たでええええ!!」
場違いなほど元気な声が響く。
低めツインテールを揺らしながら、美月が全力で工場に飛び込んでくる。
「今日なにするん!?」
「これなんや!?」
「おばちゃん、それ終わった!?」
騒がしい。とにかく騒がしい。
だが、不思議と誰も嫌な顔をしない。
最初はただの“よくしゃべる子”だった。
だが今では、職人も事務のおばさんも、なんとなく感じていた。
美月が来るようになってから、工場の空気が少し明るい。
誰かが笑う。
誰かが声を出す。
ほんの少しだけ、「もうちょっと頑張ろうか」という気持ちになる。
それは特別なことではない。
ただ、そこにいて、元気で、よく笑って、何でも楽しそうにする。
それだけで、場の温度が上がる。
昼休み、職人たちが弁当を広げながら話していた。
「なあ、工場長来るようになってから空気ちゃうな」
「せやな。朝からあんだけ“おはよー!!”言われたら黙っとかれへんわ」
「前よりよう笑うようになった気ぃするわ」
「そら、あの子見とったらな」
そこへ美月が顔を出す。
「なにの話してるん!?」
「工場長の悪口や」
「うそや!ウチ、ええ工場長やで!」
全員が吹き出す。
笑いが自然に広がる。
午後の作業も、どこか軽やかだった。
美月はあちこちを動き回りながら、必要なものを運び、声をかけ、時にはただ横でニコニコしている。
本人は何も考えていない。
ただ、その場で一番楽しいことと、一番必要なことを、なんとなく選んでいるだけだ。
その感覚が、すでに普通ではなかった。
作業の合間、祖母の花がふと尋ねた。
「みーちゃん、将来なにになりたいん?」
美月は迷いなく答えた。
「ケーキ屋さん!」
周囲から「おお」と声が上がる。
可愛らしくて、いかにも子どもらしい答えだった。
だが、美月の話はそれで終わらなかった。
「でもな!」
全員の視線が集まる。
美月はツインテールを揺らしながら、胸を張る。
「一緒に赤嶺製作所もやるねん!」
一瞬、空気が止まる。
「……は?」
「ケーキ屋と工場、両方やるんか?」
「忙しすぎるやろ!」
一斉にツッコミが飛ぶ。
「できるで!」
「朝ケーキ作って、昼は工場して、夜は寝る!」
「夜はみんな寝るわ!!」
事務のおばさんが笑いながら突っ込む。
工場中が爆笑に包まれる。
「なんで両方なん?」
「どっちも好きやもん!」
即答だった。
その言葉に、誰も何も言えなくなる。
無茶苦茶で、現実的ではなくて、でも妙に真っ直ぐだった。
花は目尻を下げて言う。
「欲張りやなぁ」
「ええやろ!」
「ええけど、忙しいで?」
「まかしとき!」
その「まかしとき」は、根拠も保証もない。
だがその場にいた全員が、笑いながら思った。
この子なら、本当にやるかもしれない。
清一は、ひとしきり笑った後、ぽつりと呟いた。
「……ええな」
「何が?」と花が聞く。
「夢がデカいんは、ええことや」
美月はまだ何も知らない。
世の中の重さも、不景気も、将来の不安も。
ただ、自分のやりたいことを、まっすぐに言っているだけだ。
だが、その無邪気さが、場を明るくする。
人の顔を上げさせる。
ほんの少しだけ、前を向かせる。
暗い時代の中で、赤嶺製作所だけが、どこか違う空気をまとっていた理由は――
この小さな工場長(仮)の存在にあった。
後に戦隊ヒロインとなる赤嶺美月の原点は、
このときすでに出来上がっていたのかもしれない。
無茶でもいい。
欲張りでもいい。
楽しいと思う方へ進めばいい。
そう言い切れる強さこそが、
彼女の一番の武器だった。




