7 受け継がれるもの
花弁が舞い、風の如く吹き荒んで魔物を斬り刻んでいく。
ゴブリンの粗末な装備では防ぐこと叶わず、ヘルハウンドの燃え盛る毛並みは自らの血で鎮火した。
今のところ、まだ俺に出番はない。
「まだ出て来ないみたい、硬いの」
「魔物の出現頻度を見るに、ダンジョンの半ばくらいか。そろそろ出て来ても可笑しくない頃だけど」
まだ先のほうみたいだ。
「いつ来ても良いようにそろそろ休もう。この形状のダンジョンは蟻の巣みたいに細い通路と広い空間でできる。すこし進めば休憩地点を確保できるはずだ」
「了解。もう一頑張りね」
魔物の亡骸を跨いで更に奥へ。
「あ、そうだ。取材の件、どうするの? そろそろ向こうも痺れが切れてくるんじゃない?」
「向こうから何か言ってくることはまだない。けど、そろそろ引き延ばすのも限界か。さて、どうしたもんか」
「あんたも退屈しないわね。取材に通り魔なんて」
「お転婆娘の面倒もみてる」
「誰がお転婆娘よ!」
頬を膨らませたセイカを軽く宥めていると、ふと耳に異音が届く。
今回はセイカもすぐあとになって気がつき、目と目が合う。
「この先……よね? この音、剣?」
「太刀風に聞こえるな。硬いモノを斬る音もする」
「一番乗りかと思ったけど先客がいたわけね」
「もしくは後から来て俺たちを追い越したか。途中で分岐路が幾つもあったし、べつに珍しいことでもない」
「どうするの? このまま進んだら鉢合わせしちゃうけど」
「そうだな……俺たちは基本、商売敵だし鉢合わせした途端にトラブルに発展、なんてことにも成りかねないからな。まぁ、そうならないことのほうが多いとはいえ……」
「もしそうなったら厄介よね」
こちら側に新人のセイカがいることも悪い方向に事が転びそうだ。
新人は舐められるのが世の常だ。自分より経験の浅いブレイカーがいることにかこつけて高圧的な態度を取るブレイカーもいる。
ベテランの中にたった一人の新人だった俺自身が三年以上前に経験したことだ。
けど、今の状況を考えると……
「無用なトラブルは避けたいけど、最後の分岐路からかなり遠い。今回はこのまま行こう。なに、普段通りにしてれば大丈夫だ」
「……それもそうよね。それじゃあ行きましょ」
セイカの姿勢が正されるのを横目に、止めていた足を動かす。
予想通りに通路は早々に途切れ、広い空間へと繋がった。
視界が開放的となり広く見渡せるようになった時、まず目に飛び込んだのは数多の死体だった。
「ヨロイトカゲ……」
鋼鉄の皮膚を持つ数多の蜥蜴が、一刀の下に断ち切られ、屍山血河に沈む地獄絵図。
その只中に佇むのは真っ黒なローブを身に纏い、目深にフードを被った男だった。
右手に携えられた刀は血で赤く染まっている。
「……まさかダンジョンの中まで追ってくるとはな」
「え。じゃあ、あいつが?」
「あぁ、さっき話した通り魔だよ」
通り魔は黙して語らず、ただこちらを見ている。
刀を鞘に納める様子はない。
「そう、ならこれではっきりするじゃない。あいつが何者なのか」
「……そうだな。なぁ」
彼に言葉を投げる。
「お前はソウなのか?」
その問いを受けて、彼はフードを脱いだ。
露わになった素顔にはたしかに三年前の面影が残っている。
グレンさんに似た切れ長の目はそのままに、年相応に成長したかつての少年。
かつては共に剣を振ったこともある青年。
「正解だ、シン」
できれば読みが外れていてほしいと願っていた。
けれど、現実はいつも外れて欲しいことほど真実だ。
「なんでシンを襲ったのよ、ソウ」
「セイカなら気持ちがわかるんじゃないか?」
「……そうね、あたしもシンを憎んでた。けど、あんたの所にも届いたでしょ」
「あぁ。セイカはそれで満足したんだろ? なら、引っ込んでいてくれるか」
血飛沫が舞い、刀の鋒がこちらを差す。
「用があるのはシン、あんただけだ」
俺は憎まれて当然の人間だ。
怒りをぶつける権利も、罵る権利も、剣を向ける権利も、ソウは持っている。
俺はそれらから逃げることなど許されない。
「……わかったよ」
一歩前に出ると、右手をセイカに掴まれる。
「まさか、殺されてやろうだなんて思ってないでしょうね」
「大丈夫だよ、セイカ。約束は守るから。だから、一人で行かせてくれ」
「……わかった」
握り締められていた右手が自由になり、そのまま刀に手を掛けた。
「悪いけど、ここで終わる訳にはいかないんだ」
「そんなこと端から期待しちゃいねぇよ」
踏み込んだ足が血溜まりに波紋を描き、重なった水音と共に開戦の合図が鳴る。
互いに距離を詰め合い、間合いに踏み込むまで秒と掛からない。
グレンさんの教えを汲んだ太刀筋が重なり火花が散る。
きっと、グレンさんはこんなことは望んでいなかったはずだ。
でも、こうするしか他に方法がない。
わかってくれ、グレンさん。
「俺はあんたのことを兄貴だと思ってた」
互いに弾き合った剣撃が二人の最中で幾度となく交差する。
「いつか追い付けるように、いつか隣りに立てるように、そんな未来を描いてた!」
突き放たれる鋒に刀身を合わせて軌道を逸らし、続けざまの剣撃を躱す。
「でもあんたは! 俺から大切なものを全部奪いやがった!」
相手に後退を強いる苛烈な剛剣。
父親譲りの剣撃は、在りし日のグレンさんとの稽古を思わせる。
「今更、親父の遺品なんて帰って来ても意味ねぇんだよ」
周囲に満ちていた血がうねり、ソウへと集う。
それは血を操る返り血の魔法。
「一番欲しいものはまだ何一つ帰って来ちゃいない」
あたかも刀が血を流しているかのように、刃が赤く濡れる。
一度それが振るわれれば刀身を離れた血液が刃となって放たれた。
迫り来るそれに対処するには、こちらも死に神の魔法を使わざるを得ない。
魔法を纏う斬撃が、赤い刃を断つ。
飛沫となって霧散し、血の雨が降る最中、ソウは構えを取っていた。
靴底で弾けた血液がソウに圧倒的な加速を授け、瞬く間もなく間合いは詰まる。
血濡れた刃が下方より昇り、その太刀筋は二日前の夜道を追い越した。
それでも。
「殺されてやるわけには、いかないんだ」
死に神の魔力と共に打ち付けた剣撃が、ソウの渾身の一撃を相殺する。
衝撃が周囲に拡散し、側にあるすべてを吹き飛ばした。
「……だから、期待してねぇんだよ。そんなこと」
鍔迫り合いの中、話は続く。
「俺が本当に欲しいのはあんたの命なんかじゃない」
「なら――」
「俺が返して欲しいのは遺品なんかじゃなく、親父の剣だ。親父から教わった剣術なんだよ!」
押し切られ、後退する。
追撃は来ない。
「まだ全部教わってない。技も、歩法も、気概も、まだ途中だったんだ。なのに!」
頬を流れる雫には血が混じっていた。
「なのに、あんたは俺が欲しいものを全部持ってる! 親父が託したものがあんたの中で息づいてるんだ! 俺は……俺はただそれを……返して欲しいだけなんだ」
力なく膝を突くソウを見て、返す言葉がない。
遺品を返すことで、すべてが終わると思ってた。
許されなくても、成すべき事は成したのだと、そう思っていた。
でも、違った。
俺はまだ大切なものを返し切れていない。
「だったら!」
セイカの声が響く。
「だったらなんでそう言わないのよ! 言葉で言えば伝わるでしょ!」
「あぁ、その通りだ! そうしようとしたよ! この三年間ずっと! だが、シンの悪評は底なしだ! 信じられないような話を山ほど聞いた! 俺の知ってるシンはもういなくなった、いるのは親父たちを見殺しにしたクズ野郎だって! だったらもう……力尽くで取り返すしかないだろ」
「……俺を襲ったのは、戦ってグレンさんの剣を学ぼうとしたからか」
「あぁ……」
だからあんなにも正々堂々としていたのか。
奇襲をせず、剣を抜けといい、予め技を見せた。
最初からソウは俺を殺す気なんてなかったんだ。
「ソウ」
「……なんだよ」
「それじゃダメだ」
「そんなことはわかってる。これじゃ親父に顔向けできない」
「違う、そうじゃない」
言いたいのは人道だとか道徳だとかの話じゃない。
「グレンさんの剣は魔物を斬るためのものだ。対人戦じゃ神髄まで学べない」
「は、え?」
「ソウ、お前にグレンさんの剣を返すよ」
「なに、言ってんだ。それに俺はあんたに……剣を向けて」
「あんなのただの実戦的な修業だよ。な? セイカ」
「それ本気で言ってたのね」
やれやれと言った風に、セイカはため息をつく。
「いい? ソウ。私もあんたみたいにシンのことを憎んでた。でも、決めたの。誰かが言った噂や悪評より本人の言葉を信じようって。大丈夫よ、あんたが知ってるシンはどこにもいなくなってなんかない。いま目の前にいるから」
「なら、俺が聞いたのは」
「全部、デタラメよ。私が保証する」
「なん……だよ。じゃあ、俺は……なんてことを……」
行動原理を失って、顧みた自分に失意する。
その姿には見覚えがあった。
仲間を、恩人を、失って力のない自分に絶望した。
あの時の俺とよく似ている。
「ソウ、もう一度言う。お前にグレンさんの剣を返す。俺の側で見て学ぶんだ」
左手を差し伸ばすと、躊躇いがちな目線が持ち上がる。
迷い、悩み、ソウの中で葛藤が繰り広げられ、それに決着がつくのを待つ。
そして。
「恥を忍んであんたに頼む。俺に親父の剣を教えてくれ」
「もちろんだ」
ソウは俺の手を取って立ち上がった。
「めでたし、めでたしってとこ?」
「迷惑掛けちまったな、セイカにも」
「別にいいわよ。それに私も収穫があったしね」
「収穫って?」
「教えて上げるから最奥に急ぐわよ。ほら、ソウは露払いして」
「あ、あぁ」
ソウと顔を見合わせて首を傾げつつダンジョンの最奥へ。
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