表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/8

6 グレンの剣


「剣を抜け」


 随分と正々堂々とした不審者だと思った。


「強盗か? それとも通り魔?」

「どっちでもいい。好きなように解釈しろ」

「俺を襲う理由は」

「言う気はない。さぁ、剣を抜け」


 訳がわからないが、こちらも剣を抜かねばならない状況みたいだ。

 セイカが一人前になるまで死ぬわけにはいかない、。

 言う通りに腰に差した刀に手をやり、柄を握る。


「一応、聞くけど。逃がしてくれる気とか」

「ない」

「……わかったよ」


 刀を抜いた刹那、仕掛けてくる。

 小細工なしの真っ向勝負。

 街灯の明かりから抜け出して闇に溶けた太刀筋が馳せる。

 風切り音を頼りにそれを躱し、続く二撃三撃を後退しながら得物で捌く。

 甲高い金属音が星まで届きそうな静かな夜。

 剣撃の一瞬の隙をついて、彼の胴に蹴りを入れる。

 怯んだところへ強烈な一撃を見舞い、差し込まれた刀ごと吹き飛ばした。


「もうやめとけ」

「まだだ」


 彼は深く息を吐く。

 刀の鋒を自身の体より後方に配して落とす。

 地面スレスレの下方から敵を斜めに斬り上げるための事前準備。

 事前に攻撃の軌道を見せるに等しい行為だけに、それだけ自信があるということ。

 場合によっては人に向けて魔法を使わなければならないかも知れない。


「行くぞ」


 踏み込み、加速し、一瞬にして間合いが詰まる。

 勢いをそのままに振るわれた一閃。

 それを目にして既視感に襲われた。


「それは――」


 爆発的な加速、流れるような剣閃、烈火の如き気迫。

 この身を二つに裂く寸前のところで刀身で受け、無理矢理に受け止めた。

 岩を割るような剛剣に、骨と関節が悲鳴を上げる。


「それはグレンさんの剣だ」


 俺の剣の師匠はグレンさんだ。

 だからわかる。

 彼の剣にはグレンさんの教えが息づいている。


「チッ」


 舌打ち一つ打って、彼は即座に後退して闇夜に紛れて姿を隠す。

 必殺の一撃を防がれたのだから引くのは自明。


「今なら追い付けるか? いや」


 ほかに仲間がいるかも知れない。

 深追いは禁物だ。


「いったい、誰なんだ?」


 聞き覚えのない声で、見覚えのある剣だった。

 グレンさんに師事していたのなら兄弟弟子ということになる。

 そんな話は聞いたことがないが、俺が知らないだけという可能性は十分にあるだろう。

 真っ黒なローブと目深なフード、加えてこの夜の暗がりが相手の顔を完全に隠していた。

 現時点の情報だけで彼が誰かを突き止めるのは現実的じゃない。

 なぜ、俺を襲ったのか。殺すつもりなら何故奇襲を掛けなかったのか。

 わからないことだらけだ。


「あなたは知ってるんですか? グレンさん」


 返事がないと知りつつも、夜空の星々に言葉を投げた。


§


「ねぇ」


 声が掛かり携帯端末から視線を移すと、正面の席にセイカが座っていた。

 頬杖をついて、不機嫌そうにこちらを睨んでいる。

 セイカの前にはコップの半分ほど減ったジンジャエールがあった。


「悪い、来てたのか」

「十分くらい前に」

「それまで声も掛けずに黙ってたのか」

「いつ気がつくのかなって。そしたらこの有様」

「……気配を消すのが上手くなったな!」

「褒めて誤魔化そうたって無駄よ」


 大きめのため息をつかれた。


「で、なにを真剣に見てたわけ? 調べ物?」

「まぁな、いろいろと」

「なによ、はっきりしない」


 通り魔に襲われたことをセイカに話すべきかどうか迷う。

 この件に関わりを持てば通り魔の標的にされるかも知れない。

 いっそ、この件が解決するまでセイカから離れているべきなのかも。

 いや、それではハルさんとの約束を果たせない。


「……実は通り魔事件について調べてたんだ」

「通り魔? なんでそんなことを」

「襲われたから」

「はぁ!? いつ!」

「二日前」

「翌日に言いなさいよ! それでも遅いくらいなのに!」

「セイカ。声が大きい」


 我に返ったのか、周囲の視線を気にして縮こまった。


「それで他にも被害者がいないか調べてたってわけ?」

「そういうこと。でも、目立った事件は起こってなかった」

「なら、標的はあんただけってことか。もしくは最初の一人目だったか。どっちにせよ、ブレイカーの領分じゃないか。警察はなんて?」

「いや、警察には言ってない」

「言ってない? なんでよ」

「気になることがあるんだ」


 小首を傾げたセイカに、あの夜のことを話した。

 聞き覚えのない声をしていたこと。

 やけに正々堂々としていたこと。

 その太刀筋がグレンさんに似ていたこと。


「もし本当に兄弟弟子なら俺を恨むのは当然だ」

「まさか殺されてやるつもりじゃないでしょうね」

「もちろん、そんなつもりはない。セイカを一人前にしないといけないから」

「それがわかってるなら別にいいけど」

「警察に言わないのは、出来れば更正してほしいからだよ。兄弟弟子ってことなら、通り魔じゃなくて実戦的な修業ってことにできる」

「かなり無理矢理だけど」

「無理でもなんでも、グレンさんの弟子に道から外れたことはしてほしくないんだよ」

「事情はわかったけど……でも、本当にあんたの兄弟弟子なの? その通り魔」

「たぶん、間違いない。グレンさんの剣だと言われて動揺してたし」

「なら、候補はかなり絞れるんじゃない? 例えば……」


 思考を巡らせたセイカは一気に神妙な顔つきになる。


「ソウ・ソルタ。グレン・ソルタの一人息子とか」


 その名前は俺自身も犯人の候補として考えていた。

 けれど。


「ソウとは面識があるし、あの通り魔がソウだとは思えなかったけど」

「面識があるって言っても三年だか四年も前のことでしょ?」

「声だって聞き覚えなかったし……」

「声変わり」


 言われてはっとする。

 それは盲点だった。


「私もシンのこと恨んでたし、動機はある。まぁ、まだ確定したわけじゃないけど」

「……確かめるにはもう一度襲われるのを待つしかないか」


 それが一番、確実な方法だ。


「正気の沙汰じゃないけどね、そんなの。で、今日はどうするの? 止めとく?」

「いや、解体はする。いつも通りにしてないと出て来ないかも」

「そ。じゃあ、行きましょ」


 コップを空にして席を立つセイカに続いて立ち上がる。

 街に繰り出せば今日もまたダンジョンで景観が歪んでいた。

 手付かずを探していると、ちょうど良さそうなダンジョンが目に入る。


「セイカ、あれは? ちょっと大きめだけど」

「橋の真ん中で浮いてる奴? たしかに早めに解体しとかないと不便ね。そこにしましょ」


 街に通る川を渡るための橋。

 その中心部分にあるダンジョンは橋の建材を巻き込んで生成され、空中に浮かんでいる。

 周囲では迷惑そうな顔をして通行人が橋を迂回していた。


「よっと」


 ボロボロに壊れた橋の先端から跳んでダンジョンの入り口へ。

 浮かんでいるからか、俺たちが乗ると軽く沈み込んでまた浮かぶ。


「まだ早い時間帯だし、一番乗りかもな」

「早く行きましょ。後から来たブレイカーに抜かされてもつまらないし」

「そうしよう」


 セイカも場慣れして来たことだし、そろそろ競争を意識してもいい頃かも知れない。


「頑張れよー、ブレイカー!」


 いざダンジョンに挑もうとしたところで激励の言葉が響く。

 戸惑った様子のところへ頷いて帰すと、セイカは大きく息を吸い込んだ。


「が、頑張ります!」


 返事を聞いて通行人は笑顔で手を振りながら橋を迂回していく。

 隣りで吐き出された安堵の息は大きめだった。


「そんなに初々しいセイカは初めて見た」

「う、うるさい。ほら、さっさと行く」

「わかった、わかった」


 背中を強く押されながらダンジョンへと入る。

 今回も人工型のようで岩をくり抜いたような通路に出た。

 一定の間隔を置いて崩落を防ぐための梁が設置されていて廃坑のようにも見える。

 岩肌に触れて指先でなぞってみると、普通の砂とは違った感触がした。


「砂鉄が多いな」

「そんなの触っただけでわかるの?」

「知識と経験があれば」

「ふーん」


 セイカも真似をして岩肌をなぞったが、よくわからなかったのか小首を傾げていた。


「地中に鉄分が多いってことだ。つまり?」

「このダンジョンにもヨロイトカゲがいるってこと」

「またはそれに類する魔物も。課題は克服できそうか?」

「色々と考えてみたけど――」


 魔法が発動し、花弁が舞う。


「これが今の限界ね」


 花弁が発火し、幾つもの灯火となる。


「鉄を焼き切ろうって算段か」

「そ。でもダメね。刃が焼けちゃってナマクラになっちゃうの。もっと根本的な解決策を見付けなきゃ」


 灯火が掻き消えると、花弁が灰となって散る。

 イメージが明確でないと魔法は機能不全を起こしてしまう。

 戦闘で使用できる領域にはまだ達していないようだ。


「とにかく、今は今できる方法でやるしかない。早くここを解体しなきゃ」


 いつにも増してやる気がある様子で力強い一歩を踏み出している。

 先ほどの激励がよほど効いたのだろう。

 張り切り過ぎて空回り、なんてことにはセイカのことだからならないだろう。

 けど、一応、いつでもフォローできるように注意深くしていようか。

よければブックマークと評価をしていただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ