5 鉄の装甲
セイカの面倒を見ることになって数日後のこと。
「取材?」
「えぇ、はい」
突き刺したままの鍵を捻り、引き抜いてポケットへ。
改めて向き直った先に立つ彼の風貌は怪しい。
上等そうなカメラ、胸ポケットのペン、書類がはみ出た大きな鞄。
「記者かなにか?」
「申し遅れました。私はラズベルト・リットカーンと申します。お察しの通り、記者ですよ」
「なにが聞きたいって? あぁ、いや。いい。言わなくて」
彼の隣をすり抜けるようにして先をいく。
「シン・クロエさん。あなた三年間毎日のように続けていたダンジョン通いを止めましたね」
早足になって歩くと、それと同じ速度で後を付いてくる。
「そしてかつて仲間だったハル・シーナさんの娘さんとブレイカーの仕事をなさっている」
思わず立ち止まって振り返ると、ラズベルトはにやりと笑みを浮かべた。
「どういう心境の変化があったかお聞きしたく」
「……」
厄介なことになった。
これまでこの手の取材がなかった訳じゃない。
家に記者が来たことだって何度かあった。
大抵の場合、俺の汚れきった姿を見るなり退散していくけれど、今回はそうも行かない。
べつに俺のことをどう書かれてもいい。今更だ。
でも、今はセイカのことがある。
好き勝手書かれる訳にはいかない。
「……悪いけど朝は時間がない。取材を受ける受けないはともかく、名刺もらえるか?」
「えぇ、もちろん。では、都合のいい日があればこちらにご連絡を。お待ちしてますよ」
名刺を俺に渡したラズベルトはそのまま素直に帰って行った。
やけにあっさりと引くところが逆に気味が悪い。
こちらから連絡しなかったらまた来るつもりだろう。
今度は俺とセイカが一緒にいるタイミングを見計らって。
「面倒なことになった」
とりあえず時間がないのは本当なので駆け足になって先を急ぐ。
セイカに言うべきか、こちらで内密に処理するか。
いや、どちらにせよ記事が出るのは確定している。
その時になって黙っていたのがバレるとそれはそれで問題になるか。
ラズベルトが痺れを切らしてセイカと会う可能性だってある。
ここは正直に言うべきか。
「――取材、取材か。絶対、良い結果にはならないと思うけど」
眉を潜ませているのは、口にしているコーヒーが苦いからではないだろう。
俺に取材があったということは、遺族であるセイカたちにもあったということ。
良い思い出であるはずがなかった。
「わかってる。でも、受けなくても憶測で好き勝手書かれるだけだと思って。とりあえず時間稼ぎにこっちから連絡するって言っておいたんだけど」
稼げた時間はそう長くない。
ため息交じりに見上げた天井に答えがあるはずもなく。
頬杖をついて喫茶店の外に目を向けた。
「ちなみにどこの記者?」
「これが名刺」
セイカに渡すと、顔色が変わる。
「ダメ。ここの取材は」
「どうしたんだ? 急に」
「知らないの? 三年前、あんたのこと滅茶苦茶にこき下ろしてた所」
「そうなのか」
「そうなのかって雑誌とか見ないの?」
「見ない」
「エゴサーチ」
「しない」
「はぁ……」
大きめのため息だった。
「程度はどうあれ当時はどこでもあんたを貶してたけど、ここは特に内容が過激だったのよ。まぁ、あたしもそれに釣られちゃってあんたを憎んでたんだから人のこと言えないけど」
「今は違うのか?」
「えぇ」
「そうか……ありがとう、セイカ」
「礼を言われるようなことじゃないでしょ、まったく」
そうは言うが、俺は憎まれて当然な人間だ。
「まぁ、とりあえず取材の件は後回し。今はダンジョンの解体に専念しないと」
「だな。じゃあ、もう出るか」
伝票を持って会計を済ますと、今日も歪な景観となった街を見据える。
ブレイカーは死ななきゃ食いっぱぐれないとはよく言ったものだ。
§
「このッ」
生け花の魔法が魔物を打つ。
降り注ぐ雨のように、流れ落ちる滝のように、花弁が覆い尽くす。
しかし、魔物は数多の傷を負いながらもセイカの魔法を打ち破った。
「硬すぎんのよッ!」
いまセイカが苦戦を強いられているのはヨロイトカゲ。
鋼鉄の皮膚と牙を持ち、地を這うその全長は三メートルを優に越す。
地中の鉄分を食べて外殻とする防御力の高い魔物だ。
だが、装甲がない部分もある。
「間接の隙間を狙うんだ。もしくは――」
「口の中、でしょ!」
石畳みの地面を蹴って、ヨロイトカゲが跳ぶ。
セイカを仕留めようと、これまで頑なに閉じていた口を大きく開く。
生え揃った鋼鉄の牙がセイカの身に食い込むその寸前、花吹雪がそれを沮んだ。
吸い込まれるように口腔へと導かれる花弁の数々。
幾千の刃が喉の奥へと流れ、その内部をズタズタに引き裂いた。
外殻の隙間から血を噴き出して、ヨロイトカゲは息絶える。
「ひやりとしたけど、上手くカウンターが決まってほっとしたよ」
「あれくらい当然。だけど、火力不足よね、あたしの魔法」
「硬い相手は性質的に苦手かもな。体が石や鋼でできた魔物もいるし」
「あんたならどうするのよ。お手本見せて」
「それは良いけど」
通路の角から新たに現れたヨロイトカゲに攻撃を仕掛ける。
「死に神」
死に神の魔力を用いて大鎚を構築、こちらを認識して迫り来るその頭上に振り下ろす。
折れ曲がり、潰れたような金属音がして、平らになったヨロイトカゲが残る。
「参考になるかどうか」
「……たしかにあたしの魔法じゃ無理そうね」
また大きめのため息が吐き出された。
「魔法には向き不向きがあるからしようがない。俺の魔法も形状変化は得意だけど属性付与は苦手だし」
魔力を剣や槍の形状に変化させることはできるが、炎や水と言った属性を付与するのは難しい。
「あたしだって花弁を刃にする形状変化なのに」
「……そう言えば、生け花魔法のモデルって」
「えぇ、剣華よ。魔物から身を守るために花弁を剣みたいに鋭く進化させた花。私の魔法が生け花だってわかってすぐ、剣華をモデルにするって決めたの。一番好きな花だし」
「なら、そこに解決策があるのかもな」
「モデルを変える……いえ、増やせってこと? そう都合よく燃える花や氷の花が咲いてればね」
「明確にイメージできないと難しそうか。これは当分の課題になりそうだ」
魔法はよく連想ゲームに例えられる。
俺の場合は死神が先にあり、そこから死の原因となるものである武器に繋がり、死に神の魔力をあらゆる得物へと形状を変化させられるようになった。
セイカの場合、花から剣を連想することは通常できないけれど、そこにモデルとなった剣華が入ったことで繋がるようになった。
もし生け花の魔法を拡張したいなら、花となにかを繋げるためのモデルが必要になる。
燃える花や氷の花がそう。
まぁ、そんな花があるなんて話は俺も聞いたことがないけれど。
「あーもう。ぐだぐだ考えてても埒があかない。とりあえずこのダンジョンを解体させる。それが先決!」
「だな。気を抜くなよ」
「当然!」
次々に現れるヨロイトカゲに苦戦を強いられるセイカだったが、苦手なままでは気が済まないのが良いところ。戦いの中で最適解を探り、現時点での最善手を導き出した。
攻略法は変わらずシンプル。
開いた口に花弁を突っ込むか、間接部にある装甲の隙間を攻めるかの二つ。
それをどれだけ要領よくやれるかを、今回で詰め切れたように思う。
「ムカつく」
本人は納得していないようだったけれど、苦手な相手にここまでやれるなら上出来だ。
課題はまた追々だ。
「すっかり暗くなったな」
セイカの苦手な魔物が多くいたからか、ダンジョンの解体が終わる頃には日が落ちていた。
セイカを家まで送ろうとしたけれど、子供扱いしないで、と怒られて今にいたる。
まぁ、新人とはいえブレイカーだ。
そんじょそこらの通り魔くらい軽く制圧できるはず。
特に心配に思うこともなく、一人で夜道をいく。
その途中のこと。
「シン・クロエだな」
聞き覚えのない男の声がして、視線を持ち上げる。
視界に捉えたのは街灯に照らされた一人の男。
全身を覆う黒いローブから光を浴びて輝く刀が伸びていた。
よければブックマークと評価をしていただけると嬉しいです。




