第23話 記憶の狭間
『………様、こちらへ』
誰かが俺の手を取り、歩き出した。
視線が低い。
やや狭い通路は、天井は高い。壁には、植物や花の美しいレリーフが彫られ、それが奥まで続いている。時々、物語の一場面のようなレリーフが混じっているが、足早に手を引かれ出歩いているので、じっくりと内容を確認する暇はない。
ただ、一場面、一場面が続いている話のようだ。
そんな通路は暗く、まるで、どこかの神殿の隠し通路のようだと、俺は手を引かれながら、思った。
やがて青い光が静かに降り注ぐ薄明るい広間に出た。
壁や配置された美しい聖獣たちの像が立つ柱から、水が流れ落ち、広間を流れる幾つかもの水路と合流する。その広間の奥に、鳥居のような柱とそのさらに奥に小さな両開きの扉があった。
手を引く相手は、広間を真っ直ぐに奥の扉を目指す。俺は、それについて歩きながらも、水に映る俺自身を見た。
青い髪に金色の目の、幼い子供。
和装に似た衣服を身にまとった5~6歳くらいの子供の“俺”がいた。
『…………様、よろしいですか』
鳥居の前で、“彼”は、俺に向き直った。
だが、その姿は俺には分からない。背が高く、黒いスーツ姿の、“執事”のような格好をしているようだ。短い銀色の髪に、白い肌。すらりと足が長い。
だが、その顔はまったく分からなかった。
『これは“界渡りの扉”、ここから先は、………様お一人で進むのです』
『…………は、一緒ではないのか?』
『申し訳ありません。私は、この扉を通ることができないのです。…………は、“宝玉”の正統なる器たる貴方様のみ、この“扉”を使うことを許されました』
『父上も、母上も、…………も、ここに残るのであろう?なら、我も残る。我は、…………』
目の前の彼と幼い俺の声が聞こえる。
だが、所々か聞こえない。俺は、幼い俺の視点でしか、見ることができないのに、肝心な部分がまったく分からない。
分かるのは、“彼”が幼い俺を逃がそうとしていることくらいだ。
もちろん、状況の分からない俺は、こんなに話すことはできない。だから、これはおそらく俺の“過去”なのだろう。
『…………様、お願いです。生き延びて下さい』
はっきりと言葉が聞こえた。
俺は、その真剣な響きに、意識を“彼”に向けた。
『誰よりも、何よりも生き延びて下さい。私たちにとって、貴方様が生き延びて、生きていることだけが、唯一の“希望”なのです』
見えない彼の、銀色の髪が目に映った。
虹色に輝く銀色の髪は、“彼”しか持たない色だ。
幼い俺の声が聞こえた。
『…………わかった。だが、そなたも、父上も、母上も、…………も、皆、死なないで欲しい。
いつか、我は必ず戻ってくる。どれほどの時間が掛かろうとも必ず戻ってくる。約束する。
だから…………!』
『御意。我が君よ。…………たとえ、幾年の歳月が過ぎようとも、私は貴方様をお待ちしましょう。成長した我が君に再びお仕えする為に』
“彼”は、俺に深く一礼する。
幼い俺も“彼”も、随分と仰々しい。
『皆様にも、必ずお伝え致しましょう。必ず、………様と再会すると、お約束します』
そう言った彼は、俺の頬を優しく撫でた。
幼い俺は、いろいろ我慢していた。本当は泣きたいし、喚きたかった。だが、我が儘を言うことはできないのだと分かっていた。
自分を護る為に生命を賭けて戦っている人々がいるのだと、幼い俺は理解していた。
無力な自分が、情けない。
それは、今の俺と同じ想いだ。
ルディオスも、カリナも、ユーグも、クロガネも、皆が必死に戦っているのに、1人だけ護られているだけの俺は、今も“昔”も変わらない。
ーーー………主よ。“力”を望むか?
ハッとして顔を上げれば、過去の光景は消えて、俺は、1人、暗闇の中に立っていた。
ーーー………主よ。汝、“力”を望むか?
「力?」
呟いた俺の前に、1つの淡く輝く玉が落ちてくる。蒼を帯びた光は眩しくはない。内側から放つような光に、途轍もない力を感じた。
「…………“ou”の宝玉……」
口から零れた言葉に、俺は、疑問を抱くが同時に、その“知識”が一気に流れ込んでくる。
“ouの宝玉”ーーー“聖なる存在”が造り出した[楽園]たる[統一王国]にて、至宝とされた7つの宝玉の1つ。
尊き血筋の王族しか宝玉を宿す“器”になれず、その7つすべての力を宿し、扱えるのは“王”だけだ。
ouは、すべてを見通す“目”。
その力の根源は“空”。空間を支配するもの。あらゆるものの本質、場、時間を見ることができる、“全て”を見通し、“見る”=認識することで“存在”を確定させる宝玉だ。
ーーー……我が主よ。“力”とは、両刃の剣。使い手次第で、世界を救う力にもなれば、世界を滅ぼす力にもなる。
汝は、“力”に何を求める?
「俺は、………ただ“護りたい”んだ。俺だけ護られて、皆が傷付くのは嫌だ………」
ーー……だが、主よ。そなたには、“足りないもの”がある。意志は分かるが、それだけでは何もなし得ない。
「……足りないもの?」
力を望むかと問うておいて、“足りないもの”があると窘める“宝玉”なんて、矛盾している。
だけど、“今”の俺には、確かに“宝玉”の力は扱いきれない、まさに宝の持ち腐れなのは理解している。
俺は、溜め息をついた。
ーーー………主よ。汝は、すでに“力”を得ている。だが、汝の“足りぬもの”を知り、それを得なければ、我の全てを扱うことは叶わず、我は汝を滅ぼす凶器となり果てよう。
「………え~……と、とどのつまり……?」
あれ?
俺は、ふと気付いた。
あれ?………なんか、俺がもう“ou”の宝玉を手に入れてるみたいな感じになっていないか?
持っているけど、使えない。
使いたかったら、宝玉の“試練”を乗り越えろ的な感じだよね、これ?
だって、宝玉自体が言っちゃってるし。
俺は、訳が分からなくて疑問符を飛ばす。すると、暗闇の中、ouの宝玉とは違う声が響いた。
ーー………OUちゃん、相変わらず主様に甘いよね。
ーー……主等は良いだろーが!既に主様と契約済みで、主様の中におるのだから。わしなんぞ、主様と距離が近くなったから、こうして主等と会話できるようになっただけで、数百年、放置状態だったのだぞ?
ーー……あー、はいはい。ぼくたちだって、主様がこちらに渡った事で記憶を失ってしまうなんて、予想外だったもん。まさか、最初にコンタクトしてくるのが“ers”なんて、最悪。
ーー……なっ………!?“fl”の馬鹿っ!おぬしなぞ、主様に嫌われてしまえ!
ーー……ちょっ……!ぼくは、“fool”じゃない?“fl”だ!!
ーーー……………お前ら、私と主様のファーストコンタクトを台無しにするつもりか?せっかく、カッコ良い感じになってたのに…………
……なんだ、これ。
気付かなかったけど、俺の前に浮かぶ宝玉以外にも、もう1つ白い光の宝玉があった。
話を聞く限りでは、どうやら、宝玉それぞれに自我というか、意志というか、個性があるようだ。
そして、“OU”の宝玉のせっかくの“演出?”がぶち壊しになったらしい。
もう一度言おう。
なんだ、それは………。
俺は、呆れた視線を喧嘩する宝玉たち(1つは声のみ)に向けた。
「……それで?」
ーー……はうっ!?ほれ見ろ!主様に呆れられたじゃないかっ!!
ーー……あはは、ごめんねー、主様。
ーー……主等、何やっておるんだ………
声は3つ。
低めの男性の声が“OU”。少年らしいボーイソプラノの声が、“fl”。古風な話し方の、若い女性の声が“ers”らしい。
だが、見える宝玉は2つだ。
ーー……主様は、“OU”の宝玉である私の力を顕現させた。だが、まだ、今の主様では私を使いこなせないのです。
「……俺に足りないものがあるから?」
ーー……それもあります。ですが、今後他の宝玉の力を手にしても、今の主様では、身を滅ぼすことになるでしょう。
よく分からないが、どうやら、結界のひび割れや真っ黒スライムの核が見えたのは、宝玉の力だっあらしい。
“見る”に特化してるから、“OU”の力のようだ。
他のは、俺、何の力があるのか知らないし。
「………分かった。考えるよ……」
使いこなせなければ、待っているのは身の破滅だ、ということらしい。
俺は、思わず息を吐いて、答えた。
ーー……できれば、わしと会うまでに主様が、“OU”と“fl”の力が扱えるように祈っておるよ。
ーー……主様がぼくたちを使えなきゃ、“ers”の契約なんて、また数百年先だしねー…
あれ?なんか、責任重大かも……?
ーー……主様!どうか、頑張って下され!わしは、わしは、また放置状態は嫌じゃぁぁぁっっ!?
「あー………うん?ど、努力する……」
“ers”の叫びに、ちょっと面倒臭いと思ったが、言うとマジ泣きされそうなので、俺は、曖昧に返事をした。
声は女性なのに、話し方が老人みたいだ。さらに言えば、なんか“残念”そうな感じがする。
そんなことを考えていたら、意識がストンと落ちた。
「……………変な夢を見た気がする……」
『目が覚めたか。シオン、調子はどうだ?』
仰向けに寝ていたらしい俺を覗き込んだのは、クロガネだった。
周囲は、すっかり暗くなっている。
パチパチとはぜる音は焚き火だろうか。見回そうとしたが、身体が酷く怠い。
ここはどこだろうか?
そう思うが、まだ、はっきりしない意識ではうまく思考が定まらない。しかし、こうして野営しているということは、あの野営地では無いのだろう。
「えっと、俺は………」
『ふむ。あまり無理はするな。話は、朝になってからでもできる。もう少し眠るがいい』
ぼんやり知る頭で思い出そうとしたが、クロガネに止められる。
どうやら、夜でもかなり遅い時間のようだ。
「…………」
なんか変な夢を見た。
多分、自分の“過去”ではないかと思う夢と、あと、なんだっただろうか………?
再び、睡魔が襲い、俺の思考は途切れ途切れになる。そして、再び、意識は闇に沈んだ。
今度は、朝まで夢を見ずに眠った。




