第24話 荒野の宝石
魔物との戦いから3日後。
緑豊かな森の中を歩いていくと、マイナスイオンを振り撒く滝に出た。
その滝壺から流れる清流の岸部から少し離れた場所に、見慣れた結界の祠とL字の風除けが設置された野営地があった。
「やっぱりここって、[カラチ平原]?」
「そうだネ!景色が変わってビックリしたヨ!」
クロガネの背に跨がった俺とその横に立つユーグは、流れ落ちる滝を眺めて、感嘆の声をあげる。
昨日の途中から、赤茶けた荒れ地の景色が深い緑の木々に様変わりしたのだ。
「途中で道を間違えたようだ」
「別のルートに入ってしまったかしら?ここ、多分、“宝石”って呼ばれる場所ね」
「宝石?」
「このカラチ平原で、唯一の肥沃の土地。豊かな大地の名残…………だから“宝石”ってよばれるの」
「へぇ、確かに綺麗だな、ここ」
カリナの説明に、俺は納得する。
ルディオスは、やや厳しい表情で地図を見つめている。
前回、ルディオスたちは、この“宝石”と呼ばれる森は通らないルートだったそうだ。だが、今回、魔物退治をした後、他の野営地に移動したせいか、途中から見慣れない場所に出てしまったらしい。
「とりあえず、今日はここで野営だよね?」
「ああ、そうだ」
「ジャ、私は水を汲んでくるヨ!」
「え!俺も行く!行きたい!」
せっかくの滝で、川だ。
水浴びしたいと思うのは、女性だけではない。
「水浴びは、後よ。シオン、ユーグ」
カリナに釘を刺された。
なにせ、ここは魔境と名高い[カラチ平原]だ。いくら綺麗な森でも、野獣などは多い。特に水場に潜む魔物なんかはありがちらしい。
「知らずに水と間違えて水スライムを飲んだって例もあるかな?
あれは、水に溶け込んでいるから」
「ちょ………、怖いよ!」
「今から水汲みに行くときに聞く話じゃないネ!」
「あら、水汲みに行くから気をつけてねって話じゃない」
うふふ…と笑うカリナに、俺とユーグはドン引きする。少し前まで“不思議”な美少女ってイメージだったし、妹みたいな感じだったのに、ここ数日でカリナの印象が変わった。
『ふむ。ついに本性を表したか』
「……シオンには、“妹”を貫くつもりだったらしいぞ?」
『それは、無理であろうな』
3人を見ながら、クロガネとルディオスがぼそりと呟く。
あの魔物退治の後、翌日に目が覚めたシオンは、クロガネの言ったとおり、ケロッとしていた。やはりというか、どうやら、途中から記憶がないらしい。
だが、なんとなく纏う空気が変わったと、ルディオスたちは感じていた。
本人に自覚があるか否かは分からないが、“聖なる存在”としての力を発揮した為だろう。
俺は、2人のそんな懸念や会話に気付かず、ユーグと一緒に川まで歩いていく。
まだ、日の高い時間なので、光が反射して、水面がきらきらと輝いていた。
「オー、綺麗そうな水ネ!」
流れが緩やかな岸の水溜まりを覗くユーグ。
俺も、なにげなくそちらを見る。
「……げっ?!」
俺は、おもわず声を上げた。
ユーグが覗く水溜まりには、何故か、みっちりと透明なスライムが詰まっていたのだ。
一見、綺麗な清流に見える演出付きの、ややどや顔(雰囲気)でつまっている。
「ゆ、ユーグ、ダメ!!」
身をかがませて、スライム水溜まりの水を掬おうとしていたユーグを、慌てて止める。
突然、ユーグを止める俺を、彼は不思議そうに見た。どうやら、ムチムチに詰まった透明スライムは見えていないらしい。
まぁ、緩やかな清流を演出してるし、普通は分からないのかもしれない。
俺は、水溜まりのスライムをつついてみた。
「す、水紋が広がるだと?!」
みっちりスライムのくせに、俺が触れた部分からぷるんと器用に水紋を生み出す。
「シオンくん?」
ユーグが俺を呼ぶが、俺は目の前のスライムどもと対峙するのに忙しいのでスルーした。
顔とかない、丸いスライムのくせに、「ふふん」とバカにした顔(雰囲気)をしているのが、気に食わない。
俺は、スライムの中に手を突っ込み、一番ムカつく顔(あくまで雰囲気)のスライムを引っ張り出した。
「はぁっ?!!」
むんずと掴まれ、引きずりだされたスライム(野球ボール大サイズ)は、慌てている。
俺の背後で、首を傾げていたユーグが驚愕の声を上げた。
俺は、スライムを森の方に投げた。
ちらりと視線を水溜まりにやると、あらか様にビクゥッッと水面ーースライムどもが震える。
俺は、問答無用に、水溜まりのスライムを掴んで投げた。
何匹か投げると、スライムたちは焦り慌てだして、我先にと逃げようとするが、詰まり過ぎて身動きできないようだ。
水溜まり全体が不自然にプルプル震える。
「…………シオンくん、これ………」
「スライム詰め水溜まり」
顔を青くして訊くユーグに答える。
ユーグから見ると、やはりただの水溜まりにしか見えないらしい。
近くに落ちてた枝で、ツンツンと水溜まりスライムをつつけば、「きゃー、止めて!!」と言いたげに、スライムどもが震えた。
ヤバい。
意外と楽しいかも、これ。
「シオンくん。こっちはスライムいないヨネ?」
「うん。流れのある所にはいないみたいだよ」
俺の返事に、ユーグがあらか様にほっとした。そして、俺から離れた川の浅瀬に入って、水を携帯用のバケツに汲んみだした。
それを横目に、俺は水溜まりスライムたちをつつき、どうしようか?と悩む。
『シオン、何をしているのだ?』
すると、いつの間に来たのか、呆れたようにクロガネが、俺の後ろから水溜まりを覗き込んだ。
「ここ、透明スライムが詰まってるんだよね」
『ふむ。我にはただの水溜まりにしか見えぬが、シオンが言うからにはそうなのだろうな』
クロガネにも見えないらしい。
ふと気付く。
あれか。俺にしか見えないって、“ou”の宝玉の影響か?
確か、まだ、使えないって言ってなかったっけ?いや、使いこなせないだったか?
しかし、水に擬態するとか、意外に芸が細かいな、このスライム。
「ひょっとして“水スライム”かな?」
俺たちの帰りが遅いからか、カリナまで来た。
「弱いスライムだからいいけど、下手に素手で触ると溶かされるわよ?」
「そうなの?」
いや、さっき掴んだときは平気だったよね?
俺は、試しに水溜まりに腕を突っ込んだ。
すると、スライムどもは「キャーッ!」と、俺の腕を避けるように動き、みちみち具合に拍車をかけていた。あ、一部が水溜まりから押されて、流れのある方に落ちて流されていく。
「…………さすが“聖なる存在”……かな?」
『シオン。弱いもの苛めは良くないぞ?』
俺が、突っ込んだ腕で水溜まりをかき混ぜると、スライムどもは、川の流れの方に落ちていく。
それをみて、クロガネとカリナがなんとも言えない顔で言った。
えー、楽しいのに。
「いや、でも、私の知ってる“聖なる存在”も、シオンみたいに弱い魔物や魔獣でよく遊んでいたネ!
殺してるわけでもないし、いいんじゃないか?」
『むぅ。そういえば、我の知る奴も、よく弱い魔物をからかっておったな……』
あ、落ちた一部が戻ってきた。
俺は、川の流れのある所に手を入れてみた。
ん?こっちの方が水が温い。
水溜まりの方が、ひんやりと冷たかった。
川に流されたスライムが、必死に逆行して戻ってきているのを見て、俺は、そのスライムを掴むと水溜まりに入れてやる。
やっぱり、水が冷たいな、ここ。
俺は、水溜まりに手を入れると、そのまま奥を探ってみた。底の方から冷気が来ているようだ。
ん?なにか、底の窪みに挟まっている?
ぷるんとした感触で、ひんやりしたそれは、必死で足掻いているようだ。見れば、澄んだ水の底に、透明スライムとは違う蒼い綺麗な色のスライムがいた。透明スライムで分からなかった。
俺は、窪みの周りの石を取り除き、蒼いスライムを引っ張り出した。
小さなスライムだ。
ピンホン玉大の大きさのそれは、俺の手のひらの上で、ぷるぷると震えている。
怖がっているわけでなく、解放された歓喜によるぷるぷるだ。何故か、分かる。
「変種かな?珍しいわね」
「ひんやり冷たいし、可愛い」
どうやら、水スライムたちは低い水温を好むらしく、この変種スライムの冷気を使って涼んでいただけらしい。
俺は、蒼いスライムをそっと地面に下ろした。
「スライムは、基本的に水でも陸でも生きていけるのよね。環境によっては変種が生まれるし、ある意味、最強の雑種」
「何気に凄すぎるスライム!」
野営の準備をユーグとルディオスに任せて、遊んでしまった。
久しぶりの大量の水に、はしゃいでしまった自分に、俺は反省する。
『まぁ、シオンは子供だからな。普段が子供らしくないから、いいのではないか?』
「いや、俺、これでも20歳近いみたいんだけど……」
『見た目で判断できるのは、ヒト族くらいだぞ?』
きょとんと言うクロガネに、俺は頭を抱えた。
いや、うん……俺は“聖なる存在”か………。
種族的にどうなのか、知らないんだけど。
『見た目と年齢が違う例なら、そこにいるであろう?』
「あら、何が言いたいのかな?」
『ふむ。我は、別にそなたとは言ってないが?』
うふふ…、ははは……。
にこやかに笑い合うカリナとクロガネから、バチバチと見えない火花が散る。
俺は、2人の不穏な空気に、そっとその場から逃げ出した。最近は無かったが、あの2人はあまり仲が良くないんだった。
野営地に戻る為に歩いていたら、何かが背中に当たった。
見れば、何もない。
いや、草の陰からぴょんぴょんと跳ねる蒼いスライムがいた。小さくて分かりにくいだけだった。
「お前、どうした?」
屈んで両手で、スライムを持ち上げる。
ふむ?…………なになに、一緒に行きたい?
何故かは分からないが、スライムの意志みたいなものが漠然と分かるんだが。
コレって、新しい能力なんだろうか?
そういや、さっきの水スライムのどや顔とかも、解っていたしな、俺。
「魔物との意志疎通か……」
それって“聖なる存在”として、どうなんだろ?
なんか、メリットもデメリットも大きい気がするんだが。
「ん~、じゃあ、一緒に行くか?」
可愛いし、ひんやりが役に立ちそうだし。
俺が言えば、蒼いスライムはぷるぷる震えた。どうやら、嬉しいらしい。
「水の中にいなくても平気?あ、いいんだ。時々、水に浸かっていれば平気なんだ」
水スライムの変種だけに水の中というわけでもなく、水スライムも別に陸地で生きれないわけでもないらしい。
ただ、暑さや熱には弱いとか。
蒼いスライムの説明は、なんか分かりやすかった。意志疎通能力も、個体差があるんだろうか?
「じゃ、宜しくな」
俺が言えば、蒼いスライムは「キュッ!」と鳴いた。




