第21話 退治(4)
野営地に足留めされて、さらに2日がたった。
ルディオスたちが、野営地の外に出て闇色の巨大スライムと対峙すること、数回。
ユーグから貰った聖石と聖属性が付与された白い外套のおかげか、初日の最悪な体調不良以来、俺は多少気持ち悪くなるだけで済んでいる。
まぁ、外套の方は、レアで高価な品らしいから、“貸して”貰っているのだが。
純白の触り心地の良い、滑らかな皮地に、金と緑で草花を刺繍した縁取りの外套は、フードもついており、軽くて着心地も良い。
かなり良い品だと思う。
なんか、高位の神官が着ていそうな感じだ。
男女どちらにも合うデザインだが、絶対に可憐で美人な神官(女性)が着たら似合うはずだ。
カリナやユーグは、似合っているとか可愛い(は正直いらない)とか褒めてくれたが、あまり似合っていないのは明白だ。
ちょっと、デザインが可愛すぎる。
「しかし………」
俺は、周囲を見回した。
今回は、クロガネも参戦しているので、俺1人が野営地内で“お留守番”だ。
最初は、俺1人を残すのに難色を示していたクロガネだったが、スライムが特殊すぎて、手こずるルディオスたちを見て参戦し始めた。
最初よりは半分ほどまで小さくなったスライムだが、どうやら“学習”する厄介なタイプらしく、カリナの精霊術に対して耐性を付けはじめているらしい。
まだ、大きさがあるのでスライム全部を凍らせることができないし、闇色なので、体内の核は見つからないしで、決定打に欠けるようだ。
「せめて、“核”の位置さえ分かれば、か……」
スライム共通の弱点が、体内にある“核”を物理攻撃で壊すことだ。通常のスライムなら、色が透けており、“核”だけ色が若干異なるので分かりやすいそうだが、対峙するスライムは真っ黒で何も分からない。
ーーー…………ピキピキピキ………
かすかに聞こえる音に、俺は顔を上げた。
昨日辺りから、時々、何かひびが入るような奇妙な音がするのだ。
スライムは、野営地の結界にベたりと纏わりついている。
結界自体は、目に見えるものでも、触れられるものでもない。だが、こうして“魔物”が入れない様子を見ると、結界があることを実感する。
ルディオスたちが本気を出せない一因が、スライムが結界を盾にしているからだ。
カリナが全力でやれば、実はこのスライムを凍らせることは可能性だが、周りへの被害も大きい。なにより、野営地の結界を壊してしまう可能性が高いので、中途半端にしか使えない。
それは、ルディオスたちも同じらしい。
スライムが結界に張り付くのは、結界を盾にしているのは当然だが、どうやら、結界内に俺がいることを知っていて狙っているかららしい。
…………つまり、あのスライムは“聖なる存在”を美味しく頂ける魔物なのだ。
いや、滅多にいないって言ったじゃん!!
俺は、ぞぞぞ………と背筋を駈ける悪寒に身体を震わせた。
ーーー…ピキピキピキ……ビシリ…!
「ん?」
何か不穏な音がした気がする。
俺は、再び周囲を見回した。だが、特に異常はなさそうだ。
そういや、この音、ルディオスたちが外で戦闘しているときに、よく聞く気がするんだが。
俺は、嫌な予感に襲われた。
「あー………うん。ちょっと待て………」
落ち着け、俺。
俺は、その場から歩き出す。スライムから離れる方向に、だ。
結界があるのと、ルディオスたちの様子が心配なのとで、割と近い位置に立っていたのだが、悪い予感がして、なるべく離れる。
ーーー……ピシリ……ピキピキピキ……ビシッ!
「うん。ひょっとして、かなりヤバいかも……」
ふと見上げたら、何もないはずの空間に大きなひび割れが走っているのが見えた。
それは、スライムが張り付いている辺りが一番酷く、ピキピキピキと音を立てながら、だんだん広がっているように見えた。
これ、どう見ても“結界”だよね?!
この際、なんでいきなり結界を目視できるようになったかは気にしない。
気にしない方向で!
気にしている暇が無いから!!
『シオン!?』
スライムから離れるように野営地の中を走り出した俺に、クロガネが気付いたようだ。
「クロガネ、結界が壊れるっ!!」
『!?』
俺の方に駆けてきたクロガネに、俺は叫んだ。
その声が聞こえたのが、ハッとルディオスが、こちらを振り返ったのが見えた。
「シオン、逃げろっ!!」
ルディオスがこちらに向かって叫んだのと、ほぼ同時、どんどん広がっていた空間のひび割れが細かくなり、一気に砕けた。
パリン!パリン!
ガラスが割れるような音が響き、キラキラとした粉が降ってくる。
結界が壊れたのだ。
闇色のスライムが野営地内に雪崩れ込み、その一部が物凄い速さで、俺に迫ってきた。
その勢いに、俺は、足を止めてしまう。
「………っ!!?」
『シオン!!』
おもわず、身構えて目を瞑った俺の前に、大きな影が飛び込んでくる。
スライムの音無き悲鳴が、空間を震わせた。
そのおぞましい気配に、俺は、足の力が抜けそうになる。一気に押し寄せる悪寒に、身体が震えた。
『大丈夫か?シオン』
「クロガネ……、だ、大丈夫……」
目の前には、俺を庇うように獅子の姿のクロガネがいた。
どうやら、クロガネがスライムを撃退してくれたらしい。
『しかし、マズいことになった』
「でも、結界が無くなったから、ルディオスたちは全力で戦える」
『だが、シオンに危険が大きい。我から離れるな、シオン』
「離れる気はないけど、背中には乗らない」
こんな状態で乗ったら、また、シェイク地獄を味わう羽目になる。
「オー!こりゃ、ヤバいネ!」
いつの間にか、自分の大きなリュックを背負ったユーグが、魔法銃を片手にこちらに駆けてきた。
「シオンくん、大丈夫かい?」
「あ、はい……。なんとか……」
気分は最悪だが、吐き気や頭痛が出てきているわけではない。背筋を駈け上がる悪寒や気を抜くと全身が脱力感に襲われ、震えが止まらなくなるが、最初のときの症状よりはマシだ。
俺は、キッと気合いを入れて、気を引き締めた。
野営地に入り込んできたスライムは、予想以上に大きかった。これでも、ルディオスたちが半分近くまで削ったのだ。しかも、丸い形ではなく、アメーバのようにグニャグニャしている。
勢い込んできたスライムは、その一部を触手のように伸ばす。無数の触手を、ルディオスが手にした大剣を一閃させ、切り飛ばした。
その間に、カリナが、精霊術でスライムを凍らせる。威力が増したように見える術は、スライムを凍らせるが、全体までは及ばすに押し返されているように見える。パキパキ……と完全に凍り付いた一部を、ルディオスがすかさず破壊する。
流れるようなコンビネーションだ。
だが、その別方向にあるスライムの一部がこちらに迫ってくる。
『ふん!』
「ありゃりゃ、器用だネ!」
俺の前にでたクロガネから無数の雷が、スライム目掛けて放たれる。同時に、ユーグが魔法銃を構えて放った。
ボール大の火の玉が、スライムにぶつかり派手に炸裂する。すると、スライムが音無き声を轟かせ、空気を震わせた。向かってきていた一部が怖れるかのように後退した。
「スライムってのは、火に弱いネ!」
『だが、ここまでデカいと凍らせて砕くのも有効ではあるな』
「へ、へぇー………」
俺は、スライムを見た。
ルディオスとカリナの見事なコンビネーションで、少しずつ削られているが、長時間掛ければ、2人が疲れてしまう。
しかも、野営地を覆っていた“守護結界”は壊れてしまった。つまり、安全な場が無くなったのだ。
早く決着を付けなければ、かなりヤバい状況なのは明白だ。
「厄介なことになったネ!」
『うむ。…………せめて“核”が分かればよいのだがな………』
“核”?
ああ、“魔物”の核か。
俺は、スライムを見る。
結界のひび割れを見た辺りから、スライムの中に時々、赤い光が見え隠れするんだが、………………………まさかね?
うん、いや、だって、……………ねぇ。
今も見えてるんだが、けっこう小さな光だ。あの巨体には似合わないほど小さな赤い光。
あれが“核”ってわけは、無い………よな?
『………シオン。そなた………』
俺が、スライムを凝視していると、クロガネが俺を見て、なにやら驚いたように呟いた。
「シオンくん、ひょっとして何か見えてるのかい?」
「…………いや、なんかスライムの中に赤い光があるんだけど………」
『……“結界”が壊れたからか?』
なにやら思案げに呟くクロガネ。
うーん、あれ、動いているのか?どうりで、分かりにくいわけだ。
「俺、ルディオスの所に行ってくる!」
俺は、スライムの中の赤い光を見つめながら、そう言って走り出した。
何故か、気分の悪さも脱力感もなくなっている。体調不良が治っていることに、そのとき、俺は気付かなかった。ただ、闇色のスライムの中に動く、赤い小さな輝きが気になって仕方がなかった。
ーー……あれを無くさないといけない。
でなければ、あの“闇”は、そう遠くない未来に全てを飲み込む“存在“になるだろう。
まだ、“小さい”、今のうちに倒すべきだ。
自分なのか、誰かが囁いているのか。
そんな考えが確信と共に頭を過ぎる。今、ここであれを消滅させなければならない。
そんな使命感で頭が一杯になる。
だから、俺は自分の行動に躊躇いがなかった。
普通なら、ルディオスたちの足手纏いになると、クロガネかユーグに頼んだり、もっと冷静な判断を下せただろう。俺自身に攻撃する力も、自分自身を守る力もない無力さは、俺が一番理解しているのだ。
だが、そのときは、そんなこと考えなかった。
何かに突き動かされるかのように、自分の内側から強い力が吹き出す感じに、巨体なスライムを怖れる気持ちもなかった。
負けるはずがない。
それまでの体調不良とは一変した“無敵感”。
ここでスライムを倒す使命感と奇妙な自信に、俺は、一杯になっていたのだ。




