第20話 退治(3)
「やはり、“核”を狙わないといけないか……」
『なんだ。知っていたのか?』
焚き火が赤々と燃える前で、ルディオスは、難しい顔で腕を組んでいた。
あのあと、結局、再戦する気も無くなり、そのまま野営地で二日目の夜を迎えてしまった。
少し離れた場所で寝そべるクロガネの横には、未だに目を覚まさないシオンが眠る。
本人に自覚がない為に、ここまで体調を崩すとは思わなかった。それも、ルディオスを苛立たせている原因の1つだ。
シオンが体調を崩してしまうのは仕方がない。
“聖なる存在”は、魔物などの負の力に弱い。とくに力を覚醒していない“子供”は、殊の外、陰気に弱いという。故に、逆に上位の魔物などがその血肉を狙われやすい。
見た目は20歳近いシオンだが、種族的にはまだ“子供”なのだろう。
「よく、今まで…………」
どこで生まれ、どこで育ったのか。
“翼種”のように、隠れ里があるのか。だが、それでは説明も出来ない部分もある。
本人に記憶が無いから、問いただすこともできない。
『ふむ。そんなに心配しなくてもいい。“子供”というのは案外強い。目が覚めたら、ケロッとしておるわ』
「……心配はしてない……」
憮然としたルディオスが、クロガネを睨み付ける。だが、クロガネは、フンと鼻で笑う。
『お前は若いな。もう少し素直になればいいのだ。“翼種”が主を求めるのは、本能だ。主以外に惹かれるものはない。
お前の相方の方がまだ素直だぞ?』
「………………悪かったな」
『だが、まぁ……、あの娘はシオンが誤解してるのをいいことに、少々鬱陶しいが』
ぐるる……と、唸るクロガネ。
「カリナは、シオンを“主”と認めているのか?」
『知らん!だが、何かを感じているのは、間違いない。あの娘、“緑翼”であろう?
見た目の年ではないはずだ。そなたより年上ではないのか?』
「ああ………、カリナは、オレより年上だな」
ルディオスは、溜め息を吐いた。
長年、一緒にいるが、カリナには読めない部分がある。それは、女性だからなのか、ルディオスには分からない。
「オー!やっと、片付いたネ!お嬢さん、人使い荒いヨ!」
腕を回しながら、疲れた様子でユーグが現れる。
ユーグは、ルディオスの向かいに腰を降ろすと、盛大に溜め息を吐く。
「カリナは?」
「水場に残ったから、多分、水浴びじゃないか?女の子は、大変だネ~」
“女の子”という年齢ではない。
ルディオスも、クロガネも、同時に思った。相変わらずの“見た目”詐欺である。
「それより、シオンくんはどうだい?」
『大丈夫だ。顔色は悪くない』
「それは良かったヨ!そうそう、聖属性のアイテムに、シオンくんに合う外套があったから、後で渡すヨ。ちょっと高いから、あげれないけど』
『ふむ。それは助かる』
「あげれないというと、“商品”か?いいのか?」
ルディオスの問いに、ユーグはニヤリと笑う。
「大丈夫!………でも、できれば、シオンくんの“正体”を教えて欲しいカナ~?
主従でもないのに、“聖獣”がべったりの“少年”。しかも、魔物の陰気に弱い!……シオンくんは、ひょっとして[神人]の末裔ダロ!?
ふふふ、この私の目は、誤魔化されないネ!」
キラン!と、ユーグの眼鏡が光る。
『…………ふむ。まぁ、似たようなものだ』
クロガネが答える。
『だが、シオンに聞いても無駄だ。我と会う前の記憶が無いらしい』
「………そうか。それは、大変だネ」
ユーグは、真面目な顔で呟き、眠るシオンを見た。
「本人は平気そうだが、実際のストレスはかなりあるだろうネ。記憶がないことで、精神的に不安定な部分も体調に影響しているカナ?」
「ああ、そうだな………」
「なら、早くこんな場所から抜け出さないとネ!」
パチリと、ユーグはウインク1つ、おちゃらけた口調で言った。
「さて、問題は、あの“スライム”ネ~。スライムのクセに中位って、なんなの?あれ?」
「少なくとも、最近ではあまりいないタイプだ。しかも、この[カラチ平原]は、魔物や野獣が多く危険だと言われるが、レベルの高い中位種は滅多にいないはずだ」
「質より量で脅威な場所なのネ!」
『スライムなら、“核”を壊せばすぐに消滅するが、あれは闇色といい、奇妙なスライムだ』
「オー!スライムは、普通、ちっちゃくて弱いネ!子供時代、よく投げて遊んだヨ!」
通常のスライムは、薄青色のボールのような小さいモンスターで、よっぽどでない限り害はない。
1匹や2匹程度なら子供でも倒せる弱さだ。
問題なのは、大量発生したり、他の色をした別種のスライムだ。
大量発生すると、互いに融合して巨大化して、脅威になる。他の種類のスライムだと、特殊な能力を有しており、人に害をなす場合がある。
だが、いずれも体内にある“核”を壊せば、あっけなく倒せる。ただし、“核”には物理攻撃しか効かない。
「真っ黒だと、“核”が分からないネ!」
『ふむ。“核”が別の色なら分かるが、透けていないから見つけるのは困難だ』
「あと、スライムの場合、“核”があちこち移動する。あのデカさでは、カリナの精霊術で全部は凍らせれない」
「となると、難しいネ~。“核”を見つけ出すのが、一番なのに………」
うーんと、三者三様に考え込み、唸る。
「とにかく、攻撃して少しずつ削るしかないな」
『小さくなれば、あの娘が凍らせるようになるが、時間が掛かるぞ?』
「ここの守護結界って弄れないカナ?」
「ダメだ。古い時代のものだから、下手に弄ると結界自体が消失する可能性がある」
ユーグの提案に、ルディオスは首を横に振った。
100年以上前に、周囲から自然に魔力を集めることで、半永久的な守護結界を維持する術が開発され、この[カラチ平原]を通る当時の商隊などが、魔術師に依頼し、少しずつ野営地を作り、結界を張ったのが、[カラチ平原]における野営地の歴史だ。
今の時代、新しい魔術システムの台頭により古い時代の魔術は廃れつつあり、この守護結界を張り直せる魔術師はいないと聞く。
元々、それほど強い結界ではないのだ。
今回のような中位の魔物に効力を発揮し、侵入を防いでいるだけ、この野営地の結界は腕の良い魔術師が処置を施したのだろう。
野営地により、結界の強弱があるのは、周知の事実だ。
この野営地の結界が、それなりに強力だったのは、運が良かったに過ぎない。
「………はぁ、じゃあ、明日も一戦するのネ……」
ユーグが、がっくりと肩を落とす。
「明日は、ちゃんと援護射撃してくれ」
「分かったヨ!………クロちゃんは出ないのかい?」
チラリと、ユーグはクロガネに視線を向ける。
“聖獣”であるクロガネが参戦すれば、少しは楽になるのだ。それは、ルディオスも分かっている。
『出てもよいが、シオンを1人にするのは心配だ。体調もだが、本人に自覚が無いからな。自身が役に立ってない足手纏いだと思ってるから、何をしでかすか分からん所がある』
「うーん、シオンくん。そんなに突飛な行動をするようには見えないけどなぁ………」
ぼりぼりと頭を掻きながら、ユーグは首を捻る。
『とにかく、不安定で心配なのだ』
「…………クロちゃん、過保護って言われない?」
ユーグの呆れた言葉に、クロガネが「ぐぅ……」唸る。どうやら、自覚はあるようだ。
『ま、まぁ、…………シオンの様子次第では、明日は我も参戦するのもやぶさかではない』
「だってさ、ルーくん」
「それは止めろ!オレはルディオスだ」
ルディオスを見たユーグ。
ルディオスは、不機嫌な顔でユーグを睨みつけた。だが、ヘラヘラと笑うユーグには、ルディオスの鋭い睨みも効果がないようだ。
ルディオスは、深く溜め息を吐いた。
「………分かった。とにかく、今日はもう休むぞ。作戦は、明日、シオンの様子を見てからだ」
「……………ここにも“過保護”がいたネ……」
憮然と言ったルディオスに、ユーグは苦笑して肩を竦めた。それに答えず、ルディオスは、話は終わりとばかりにそっぽを向いた。
『………若いな』
「若いねぇ………」
ニヤニヤしながら見るユーグとクロガネのつぶやきが重なる。
結局、カリナが戻ってくるまで、ルディオスの不機嫌さは周囲をピリピリさせたが、誰一人としてそれを気にする者はいなかった為、ルディオスは1人深い溜め息を吐くのだった。




