表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
31/32

31.丁泉の裁き(前)

(この女、何を考えている? それに……)


 羽扇を取り出した、旧蜀宰相の子孫は厄介だ。

 だがそれ以上に、真の名を隠す協力者の動きが気にかかった。

 丁泉(ていせん)はちらと木陰に視線を送る。


(機ではないのか。動かれたと言うのに)


 先ほど飛んできた吹き矢。あれは間違いなく、鈴猫(りんまお)の仕業。


「丁泉様! 何かありましたか?」

「何ともないさ。ただ……整うまでしばらく待とう」

「……御意」


 駆け寄ってきた桓範(かんはん)は察した目で返事して、いつもの端正な微笑み顔へ戻る。


(先手とは不覚不快。だが、誤ったな……)


 既に中庭は、手勢の兵で囲んでいる。

 それに、伊予(いよ)千代(ちよ)を護る東呉兵も塀の外だ。


 ここに至れば、伊予と千代の過去を追及して処断するのは容易。

 もし黄華(おうか)が逆らうなら、墓標がひとつ増えるだけ。


(この母娘が皇帝の『忘形見』などと……。この曹泉とは相容れない)


 丁泉は席を立ち上がるその最中、思考を加速する。

 次の手は何か。いや、見落としはないか。まだ機でないとしたら、何を伺うべきか。


(伊予の動きは箱の中身が鍵。だが、理由は?)


 丁泉の箱は蒼い装飾に、何かの果実。

 一方で千代の箱は、紅い装飾に茄子料理が並んでいた。


(中身で比べたら、俺の方が奇怪だが)


 千代と伊予が茄子を苦手としていた記憶もない。

 つまり、分からない。分からないからこそ思考した。


 丁泉は内心で笑みを浮かべる。

 ずっとこうやって生き残ってきた、それを思い出して。


 今の世は、一騎当千の武で打開できる時代ではない。

 因習のみ残り、平和で安定。権力すら監視の対象だ。


 ならば、どうするか?

 知恵者を活かして敵の敵を味方にし、利害で大勢を覆す。


 乏しい権力と実力を、知恵と人材で補ってきたのだ。


(裏を暴く術は、心得ているさ)


 立ち上がった丁泉は、うんざりした様な仕草で睥睨する。


「皆、説明してくれないか? 少し戯れが過ぎる。せっかくの宴が台無しになってしまった」

「そ、それハ……」


 打つべきは『(けん)』さらに後手を取る不利は否めない。

 それでも、丁泉はこれが合理的と判断した。


 黄華が仕掛けた流れ、これに乗らざるを得ない不快感を、丁泉は飲み込む。


「千代さんも守ろうとしてのことですよ。ちなみに、水爺(みずじい)さまも同じです」

「それはどういう? この中庭には、何もありはしないでしょう」


 桓範が問う。


「えぇ。良い庭です。先ほどの茄子も、この畑の品ですから」


 黄華はわざとらしく周囲を見渡して、口角を上げた。計略など見通している、丁泉にはそんな表情に映った。


(伏兵に気づかれたか?)


 そこまで考えて、丁泉は頭を振る。

 そもそも、完全な奇襲が易々と決まるほど、世の中は甘くないのだ。


 伊予と千代、そのどちらにも警戒があって当然。

 護衛にしたって、政略結婚の先で丸腰な現状を、危険視しないはずがない。


 ましてや、そんな状況で不自然な行動を取ろうなどと。


(口実を与えるだけ。ならば……)


 伊予が暗殺を警戒した線はどうか。

 箱の中の茄子、つまり個別の食べ物なら、先ほどまでの大皿料理と違い千代だけを狙うこともできる。


(伊予の行動に辻褄は合う。だが……)


 黄華の言動、その根拠と動機が読めない。

 丁泉は口を開く。


「だとして、お前はなぜ、伊予さまと……その翁の行動を読めていた?」


 丁泉の脳裏に、臨時で雇い入れた六名の職人たちが浮かぶ。

 年齢は十六から五十四歳。来歴に不信な点もなく、善良な職人の類だったはず。


 黄華本人が毒を盛る理由にも思い当たらない。

 職人気質でもあるし、下手人なら先ほどの『守ろうとしてのこと』などと語るのは不自然極まりない。


(つまり、伊予と黄華の間に連携がないのは確実)


 そこまで考えて、丁泉は違和感を覚えた。

 いや、違和感と言うには生ぬるい、点と点が繋がる感覚。


「……待て。それよりも、」


 ようやく掴んだ失着の一手。

 これならば、少なくとも伊予の首に鎌をかけられる。


「なぜ、伊予は茄子に毒があると知っていた?」


 伊予の表情が強張った。

 翁が駆け寄って頭を地に打ち付ける。


「流石ですね。丁泉さまは」

「え……? て、丁泉……様?!」


 弧を描く笑みを浮かべた黄華と、蒼白の桓範。


「茄子に毒、まさにその通りです。伊予さま、それに水爺さんが動いたのは、その茄子が毒入りと思ったからですよ。朝鮮朝顔(ちょうせんあさがお)の、ね」

「朝鮮……朝顔ですか?」


 その植物の名前に、桓範が白い顔を曇らせる。


 朝鮮朝顔。それは懸念事項のひとつ『連続毒殺』で使われたと目される。それがなぜ、茄子から出てくるのか。


 丁泉は込み上げ歪む顔を隠すように、手で顔を覆う。


(西蜀の横槍ではなく、こいつらの撹乱だったか)


 状況証拠は十分。

 何より、黄華が見抜いたのならば仕掛けは暴いたも同義。これで、名分は出来た。


「もちろん、この茄子は無害です。選別しましたから。ただ、挿木で育てると元の植物の特徴が移ることがあるんですよ。それは花咲く時期だったり、実の大きさだったりと、目に見えることもあります。そして、今回の場合は……」


 微かに聞こえる、息遣い。

 丁泉はもう邪悪さを隠そうともせず、顔をあげた。


「茄子に毒が移ったんです」


 地に頭を打ち付ける翁が悲痛な叫びを上げる。


「皆様、大変申し訳ございません。全て私の落ち度です。このお嬢さんの言葉は本物です。ですが伊予さまと千代さまは関係ありません。私が育てておりました。この中庭で。その茄子を……何卒……何卒……」


「下がれ、下郎。お前も仲間だろう。ついに見つけたぞ。この城内で繰り返されていた『連続毒殺』それは、伊予! お前の仕業だな。高貴な身分でありながら何人もの命を害した罪、命で償え!」


 丁泉の笑うような薄く低い声。

 伊予は観念したのか、翁の横に正座し頭を下げた。


「丁泉様……」

「あぁ」


 桓範は白い顔で微かに震えていた。無理もない。

 女官ばかりが狙われていたから助かったが、本来なら自分たちが毒殺されても不思議ではなかったのだ。


(胸が……騒ぐ?)


 東呉兵の慌てた様子が目に入った。

 素手で駆け寄っては、蛇矛(だぼう)を構える楽子山(がくしさん)に阻まれ、地に転がっていく。

 千代が倒れた兵に駆け寄り、ゆすって状態を確かめている。


 事は済んだはずだ。

 千代には後から、連座して罪を被せておけば良いし、もうこれで荊央(けいおう)が割れる事態はなくなったのだ。


(だと言うのに)


 丁泉は静かに立っている真っ白な料理人に声をかけた。


「お前にもしっかり礼をしないとな、黄華。そういえば、最後の黒い箱は何だったんだ?」

「………シゴ」

「何だ?」


 小さく響いた黄華の言葉。


「タツノオトシゴ」

「……お前、まさか」


 最も見抜かれてはいけない、抹消すべき秘密。

 伊予と千代を無理矢理にでも始末しなければならない理由。


「そう。まだ私の料理は終わっていません。丁泉さまが起こそうとしている行動の根拠。これがもし、間違っていたとしたら?」


 ただでさえ白かった桓範の顔色が変わり、目が虚になる。

 丁泉も、背中に冷たいものを感じた。


「『タツノオトシゴ』それの意味することを私は知っています。そして、それが間違っていることも」

「な、なにを……ばかな」


 血なのか泡なのか、桓範が死にそうな声を絞り出す。


「言ったでしょう。伊予様の探した料理には、大きな秘密があると」


 聞くべきか、殺すべきか。

 丁泉は、選ばなくてはいけなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ