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30.故郷の味

 周囲にはゆったりとした琴の演奏が響き、着飾った女官が空いた杯へ酒を注いでいく。


 派手な舞や過度な装飾はない。

 それでも、洗練された品の良さは、高貴な寛ぎを振りまいていた。


 中庭の卓上に並ぶ品々を目にして、黄華(おうか)は思う。


(我ながら、よく作ったな)


 今回の名目は身内の宴。

 ゆえに、宮廷料理は少なめに、それぞれに所縁ある物を用意した。


「新しい皿をお持ちしましょう」

「ありがとう、水……。ごほん。翁さん、早く変えちゃってください」


 千代(ちよ)の世話役を頼まれた水爺(みずじい)さんが、空の小皿を受け取っている。


(口に合っては……いそうか)



 東呉方面の品は仏跳墻(ぶっちょうしょう)太平燕(たいぴーえん)など淡白な汁物が多い。

 一方の荊央(けいおう)では、圓子(つみれ)などを酸や麻辣といった、やや刺激の強い餡で味付ける。


 そんな双方の違いを埋めるのはもちろん、好みを汲んだり全体の調和を取ったりと、なかなか骨が折れた。


(土地柄、水運が豊富で助かったな)


 黄華は少し離れた楽子山(がくしさん)に合図する。

 手招きに応じ、卓の前で礼を傾ける。



「本日の宴、お食事はいかがでしょうか? 料理を承った黄華と申します」


 声に気づいた伊予(いよ)が箸を置き、彫りの深い目がこちらに向いた。


「美味しイでス」

「そうだな、伊予殿の言われた通り悪くない。特に……これな」


 丁泉(ていせん)は小さな懐古を浮かべ、卓中央の皿へ目を移す。


「『醋溜白菜(あんかけはくさい)河南(かなん)にいた頃はよく食べた。懐かしいな」

「ありがとうございます。丁泉様のご出身がその近県と聞いた物ですから」

「食べたことノない品でスが、不思議と進みますネ」


 伊予はそう言うと、千代の前から小皿を退けた。


「あー。それ……まだ」

「今ハ、話を聞きなサい」


 千代は摘んでいた豚肉をもぐもぐと飲み込むと、座り直した。


「お楽しみいただけているならば何より。今回は皆様に合わせて、色々と工夫しました」

「ゆえに、俺の故郷の品まで作ったのか。悪くない趣向だ」


「いえいえ。それだけではございません。荊央の強い味と東呉の静かな味は、爽やかな『醋溜白菜』がいてこそ調和するのですよ。ここに丁泉様がいるからこそ、皆さまが和やかに過ごせるのと同じように」

「なかなか上手いことを言うじゃないか、こいつめ」


 飯屋仕事で培った、歯の浮くような社交辞令。

 丁泉もわかっているのだろう。笑ってこそいるが、胸襟は閉じたまま。



「……さて丁泉さま、頼まれていた品ですが」

「ふむ、そうだったな……。伊予殿、この通り黄華は腕の良い料理人です」


 黄華は箱を包んだ布を解く。

 微かに、伊予が眉を動かすのが見えた。


「ゆえに、伊予殿が求めていた料理を探させ、作らせていたのです」

「ソレはそれは……」


 黄華は卓の右側に、丁泉の差し色と合わせた箱、千代の前にも色付きの箱を置く。

 最後のひとつは、黒に金装飾の箱。


 伊予の前に置かれるべき、その箱を持ったままの黄華に、丁泉が問う。


「どうした、それが伊予様の分だろう?」

「いえいえ。せっかくですから、少し口上をば」

「……さっきのでは足りないのか?」


 顔色を曇らせた丁泉を気にせず、涼しい声色で黄華は続ける。


「えぇ、実は伊予様が探し求めた品には、大きな秘密が隠されていまして」

「どういうことだ?」

「この料理は、遠い海の向こうで食されていた郷土料理です。そして、その名前と言うのが……」


 そこで、黄華は口を閉じた。

 心なしか、伊予が肩を揺らしている。


 彼女にしてみれば当然だろう。

 その料理の名前こそが、この会を破壊する威力を持っているのだから。


「何だと言うのだ。分かっているなら、言えば良かろう」

「残念ながら、まだ申し上げる訳には参りません。それよりも先に、丁泉さまと千代様に、その箱の中身を見ていただきたいと思いまして」


 丁泉は胡散臭げに黄華を睨む。

 千代は伊予と丁泉の表情を交互に見つめ、箱に視線を落とした。


「黄華さん。つまり、これを開けろと言うことですか?」

「はい。その通りです」


 丁泉と千代が、ゆっくりと箱を開ける。


「この実は……なんだ?」

「あっ、それは……」

「下がれ。翁」


 近寄ろうとする水爺さんを制して、楽子山が前に出た。

 楽子山の額には、鈍く汗が浮かんでいた。


「こっちの……私のは茄子の水煮かしら? 随分と美味しそうな……」


 瞬間、伊予が弾かれたように千代の箱を奪い、水爺も動いた。


「なっ……」

(なるほど)


 楽子山の穂先が揺れた瞬間、黄華にあった最後の疑問が霧散する。

 同時に、風切りと硬質な音が響いた。

 丁泉の視線が微かに逸れ、口端が歪む。


「……慌てることはない。これがお前の狙い、そうなんだろう? 黄華」


 苦々しく呟いた丁泉に、黄華はそっと微笑む。

 そして、楽子山の蛇矛(だぼう)へ羽扇を乗せ、踊るように語り出した。


「その通り。ようやく舞台が整いました。さぁ、始めましょうか。丹精込めた、主菜の披露を」


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