23.歳の差
(この子が『千代』……?)
まず思ったのは、丁泉と桓範から聞いていた話と違う、そんなことだった。
「すいません、失礼承知でいくつかご質問しても……」
「いいですけど」
思い返せば、たしかに千代の年齢は聞いていなかった気がする。聞いていたのは『実子』である、という話だけ。
そう思えば、いま浮かんでいる黄華の疑問も、氷解、蒸散、雲散霧消、きれいさっぱり消えていく……わけはなかった。
(大きくは二つ)
まず俎上に乗るのは、丁泉がこの幼子を嫁にした事実だ。
政略結婚に不自由がつきものとしても、年齢を理由に婚約に留めるのは妥当な選択肢でもあろう。
(丁泉の野郎が幼女趣味ならば)
白目をむく前提なら、米粒ほどありえるかもしれない。
よほど強く押し込まれたのか、と黄華は内心で首を傾げ、確認のために口を開く。
「ありがとうございます。千代様はいま、何歳でしょう?」
「? 十二歳です」
やはり、若すぎる。計算が合わない。
黄華の疑問はむしろ、この点の方が大きかった。
(高齢の貴人『伊予』じゃなかったのか?)
聞いていた話では、伊予は『高齢で臥せりがち』だったはずだ。実年齢はわからないが、言葉からの印象で言えば、五十から六十歳近くがありえる線だろうか。
また、伊予は約三十年前に壇州から攫われてきた身だ。
そこで異国の姫と祭り上げられたのだから、当時の年齢は、どれだけ若くても十五歳程度が限界……。一般的に考えれば、二十から三十歳程度が自然だろう。
(辻褄は合う。さらに、千代が十二歳であれば、推定される出産年齢は……四十から五十歳あたり)
第一子でなければ、あるいは。
最大の疑問、『伊予と千代は本当の親子か?』への答えは、黄華の心を限りなく濃い灰色で塗りたくった。
一呼吸おいて、黄華は再度問う。
「実は、丁泉さまから命を受けていまして。念のため、印を拝見してもよろしいでしょうか」
はい、と千代は懐から装飾品を取り出す。
珊瑚製のそれには、高貴な身分の証である龍が刻まれていた。
「確かに。ありがとうございます」
わずかに疑念は残るも、こうまで証をあげられては、いつまでも疑ってはいられない。この少女が千代であるのは確かであるらしい。
「いや、私もこの通りだから、よくよく確認されますし」
言いながら、千代は台車に向かう。そのまま、何枚かの筵を手に取ると器用に丸めていく。麺棒のように丸まった筵が何本も地面に置かれた。
「これは?」
「水爺さんに教わったやり方です。こうすると……」
千代は、その細い腕で実がぎっしり詰まった籠を傾けると、そのまま籠の下に丸めた筵を滑り込ませる。
「私でもこんな重い籠を台車に乗せられるってわけです」
丸めた筵の上を転がり、籠は台車まで運ばれていく。
慣れた手つきで台車の縁に籠を引っ掛けると、千代は台車の持ち手へ回り込んで、飛び跳ねた。
「支点、力点、作用点! だそうです」
「は、はあ……」
小柄な体躯に細腕で、まったくもって見事なものだが、妃の振る舞いとしてはいかがだろうか。先ほど、空から降ってきた件と言い、ややお転婆が過ぎる気がする。
(年相応と言えばそうなんだろうけど)
さておき、と黄華は疑問を口にする。
「ちなみに、『水爺さん』ってどなたでしょう?」
「私の先生です。あ、植物は私の方が詳しいですけど」
「いまは、どちらに?」
すっと、千代は指をさす。その先には、先ほど黄華が翁と茶をすすった待機場所。すぐにピンときた。
「さては、髪と髭がぼさぼさの翁ですか?」
「そうそうそう。たぶん、そうです。雨は嫌だと先に帰っちゃいましたけど、会ってましたか?」
「んー、そうですね。野菜泥棒に間違われました」
唇を歪めながら応える黄華を見て、千代は腹を抱える。
「っははは。そうですよね。水爺さん、私の野菜大好きだからっ。ぷくく。伊予ばあがいないからって、張り切っちゃって……」
(伊予ばあ?)
やはり、どこかおかしい気がする。いくら歳が離れていたとしても、実母に婆はないだろう。『婆』呼びをあえて無視して、黄華は訊ねた。
「その、伊予ばあさまのことを質問したくて私はきたんですよ。丁泉さまから何か聞いていませんか?」
「伊予……母さんの? 丁泉さまからは何も……」
失言を、いまさら直したとしても、もう遅い。
けれど、どこまでが真実で嘘なのかがわからなかった。
ある意味では、強敵なのかもしれない。
「そうでしたか。ええと、伺いたいのは、伊予さまが食べたいという、料理のことなんですけど」
「あぁ、お茶と線香ですか」
「お茶と……線香?」
お茶はともかく、線香は食べ物ですらない。
「あのですね。伊予かあさんが言うには……」
そうして、千代は身振り手振りを交えて語り出す。
曰く、それは遠く、漁に出た人を迎えるときの料理だと。
曰く、黄金色が目を引いて、とても滋養がつく、だとか。
「伊予ばあも、何度か食べたいと周囲に伝えたそうですが、どういうわけか、毎度『お茶』と『線香』を手渡されて諦めた……と聞きました」
いまは『婆』呼びも置いておく。はじめてまともに出てきた料理の手掛かり。それがまったく、筋道を照らしていないのだから。
「あの、『お茶』と『線香』ってどういうことですか……?」
「私にもさっぱり。ただ伊予ばあは、『文字が書ければ』って、しょげていたですよ」
『文字が書ければ』それは、もしかすると。
(『言葉』では、いや、『音』では正しく伝えられない?)
頭の中で、いくつもの食材が駆け巡る。
『黄金色』、『壇州の南部』、そして『線香』……
それは、つまり。
辿り着いた答えを黄華は口にする。
『……Zǔxiān』
「あ、そうです。そんな感じです。もし知っていたら、伊予ばあに作ってあげてください」
料理はもはや問題ではない。
本当に見るべきは、『龍』だったのだ。
(……)
身体が動かない。辿り着いた一連の調理法は、黄華の胸中を真っ白にして、衝撃の答えを導き出していた。
『Zǔxiān』こちらは発音記号です。
お試しあれ




