22.落ちる女
「『千代さんの元へ案内しろ』とでも書かれていたのかね」
翁に示された畑の一画は、庭を横切る石路をいくらか外れた位置にある。狐雨上がりの石畳上は、夏の熱がいくらか癒されているように思えた。
「さっきの、間違えにも思えないけど……」
黄華は周囲を見渡す。しかし、目に入るのは、日を浴びて輝く茄子やら胡瓜やらくらいで人の影はない。
(こっちは糸瓜。耕作人の趣味かねえ)
頭上にぶら下がる糸瓜を見上げ、変わった作りの畑だと首を傾げる。垣根仕立ての茄子や胡瓜、それに棚仕立ての糸瓜。
要するに、瓜ばっかりなのだ。
秋から夏の野菜なら、他にも種類があるし、蔓で『緑の壁』を作りたいなら、花を入れるのが一般的だろう。黄華としてはまあ、『食べられる壁』と見れば興味深くはあるのだが。
「ここにも……いないか」
一画の真ん中あたりには、ぎっしりと見慣れない実の入った籠と台車が放置されている。収穫途中で雨宿りにでも行った、そう思うのが自然に思える光景。
「梅……?」
黄華が籠の中身に目を奪われて身をかがめたそのとき、頭上から悲鳴が聞こえた。
「あ、あ、危ないです!」
「え?」
(白い……下履き)
何かが目に、一瞬映った時には、背中に大きな衝撃が走った。ぐえ、と出したくもない変な声が勝手に出て、黄華は倒れた。
◇◆◇
「ごめんなさい。怪我はありませんでしたか?」
そう言って頭を下げてくる娘は十歳そこそこくらいだろうか。ややざんばらで首丈の黒髪には、いくつも葉っぱや小枝が乗っかっている。
「大丈夫……でしたけど、大丈夫ではありません」
まさか、自分が空から天女が降ってくる物語に出演することになるとは思っていなかった。ましてや、その天女に踏み潰されるなど。
何が起こったのかといえば、棚仕立ての上から娘が降ってきたらしい。黄華にとってまだ幸いだったのは、その天女が小柄な少女だったということだろう。
「すいません、後で洗うの手伝いますから」
言いながら、少女は髪の毛に絡んだ葉っぱやら、枝やらを探っては投げ捨てている。
「ありがたい話ですね」
軽く息をついて、黄華は自分の姿をあらためる。身体に怪我はない。でも、雨上がりの畑に倒れたので服やら手足は泥だらけだった。帰ったら綺麗にしないと料理どころではない。
「はぁぁ、滑り落ちるなんて、油断しました」
ぼやいている少女にあらためて視線を向け、黄華は気づいた。少女が、ずいぶんとめずらしい服装なことに。
(作業着にしては布が良い。誰かの従者か?)
少女の服装は、黄華の上衣下裳とだいたい同じだ。
しかし、動きやすさを重視しているのか、上衣の袖口は広く短い。裳の丈も、太ももの辺りまでしかないのにくわえ、帯がやけに太いのも気にかかる。
「……雨上がりに木登りは危ないですよ」
「木上で雨に降られて、降りられなくなったんです」
「まあ、済んだことはいいです。ところで、あなたは千代さまを知っていますか?」
忘れてはいけないが黄華の本題は千代に会うことだ。この子が本人ではないとしても、従者という可能性は十分あり得る。
「えぇと、知っていると言えば知っています」
「なんか歯切れが悪いですね」
胡散くさげに黄華は目を細める。
「そりゃ、まあ。申し遅れました。いえ、名乗る間がなかっただけですけど。私が千代です」
少女から返ってきた言葉に、黄華は目を見開くのだった。




