19.協力者
「それで、首尾は?」
「概ね想定通りに」
簡潔な返答に丁泉は口元を緩め、杯を呷る。
良好な報告は心が弾む。陽がまだ高くて執務中の身でなければ、きっと杯の中は酒にしたことだろう。
執務用の卓を挟んだ向かい側には、二人の女がいる。
市井で見かければ、親子でも通りそうなその二人は、表向き、この荊央城に居候させた『あの料理人の娘』からの依頼で訪れている。
妙齢の方が鈴猫、幼い方が鈴明。
二人とも、丁泉配下の隠密だった。
「しかし、驚いたな。あの娘、蜀の丞相を祖に持つとは」
「丁泉様が覚えていないのは、当時まだ、あの子が修行中で裏にいたからでしょうね。いまは母方の『黄』を名乗っていますが、正真正銘『諸葛飯店』の本流ですよ」
鈴猫の言葉は流暢だが、末尾にかすかな特徴がある。
「それなら今頃、北陽では立派なお尋ね者ってわけだ」
くくく、と丁泉は面白そうに肩を震わせる。
あの娘、黄華は禁忌に触れている。
大陸に存在する四つの国に成り立つ、均衡を保つための不文律を踏み破っている。
「人質にされた家系は悲惨です。うちは御先祖に感謝していますよ。さすがに千年後も因習が残っているなんて、思っていなかったでしょうけど」
鈴猫はうんざりしたように首を振る。
その仕草に、丁泉は共感するしかなかった。
『人質にされた家系』それは諸葛家などの、影から監視と自由な活動を制限されている家系のことを指す。
はじまりは、北陽がすべての国を武力で制圧した一〇〇〇年前のこと。当時の北陽皇帝は他国の存続を認める代わりに、その家臣を奪ったのだ。
「形骸化も著しいがな。捕まってから初めて知るわけだ」
「婚姻の直前に兵が乱入してきて知った、なんて話もあるとか……」
「相手方の心が広いことを祈りたいな」
平和とは無償の産物ではない。
だが、いまだに子孫を縛り続けることに、どれほどの価値があるだろうか。実際、因習から逃れて、いくつもの一族がこの荊央に隠れ住んでいる。
「まったく、荊央は偽名の巣窟だな」
「だからこそ、私のような協力者がいるわけです」
「協力、ね」
丁泉は鼻を鳴らす。
あけすけなようで、巧みに本心を隠すのがこの鈴猫という女だ。付き合いは長いというのに、本当の名前はもちろん、『誰の子孫なのか』を未だに隠している。
(もっとも、それくらいできねば、あの名店を仕切る立場まで登れないのだろうが……)
鈴猫が丁泉の元を訪れてきたのは、まだ桓範に庇護されて、この荊央に赴任したばかりの頃だった。
『余計な疑問は挟まずに、私を用いてみませんか? いまは味方が欲しいときでしょう。丁泉様はただ、徳を磨いてくだされば』
以来、有力者の出入りが激しいあの飯店に潜入して、北陽の動向を丁泉へ密かに流し続けていた。
(一体、どこの誰を祖に持つのやら)
そんな丁泉の考えを見透かすように、鈴猫は微笑む。
「人は何かを隠して生きる物。曹泉さま、それはあなたも同じでしょう。深入りは厳禁。女の秘密は高くつきますよ」
「ふん。いい加減、名前くらい明かしたらどうだ」
「いいじゃないですか。『猫』は移り気でかわいいでしょう」
それでは、と鈴猫は手を振って、執務室から去っていく。
「名前に『猫』が入る奴なんてのは、俺の知る限りお前だけなんだがな……」
天を仰ぐと、丁泉は独り言ちた。
鈴猫の後ろに続いて去った鈴明の、空っぽで冷たい瞳が、やけに印象に残った。




