18.見立て(後)
三人の表情は様々。
思惑の行き先はゆらゆらと、燭台の火のように舞った。
「それじゃあ、始めましょうか。その死体にかけられた嘘、そのあぶり出しを」
蝋燭の火だけが照らす、薄暗い飯場の片隅。
そこで語り始めたのは、小柄で細身の娘だった。
その娘、黄華は片膝を抱え、不遜不敵に口角をあげる。
「それより、状況の説明を。経緯を聞いていませんから」
黄華の言葉を遮るは、端正な文官。
その文官、桓範の声音は、諸事万端を淀みなく流していくように整っていた。
「それなら、」
ずん、と大男が前に出る。
ややもすれば山賊にも間違うほど、粗野な顔つき。声は目の粗いノコギリみたいに響く。けれど、この飯場には不思議と馴染んでいた。
「説明は私から。黄華殿も、何かあれば補足いただきたい」
山賊紛いの見た目いかつい武官。名は楽子山という。
容姿のせいで損をすることもあるが、任務は任務と割り切ってこなす仕事人だ。
骸がひとつと遭遇者の三人。三者三様の立ち位置から、骸を巡る謎への応酬が始まった。
「どうぞ」
軽く手のひらを差し向け、黄華は楽子山に譲る。
楽子山とは色々やりあったことがある。彼は顔に似合わず、見識や性質が悪くない。止める理由などなかった。
「では……。まず、私は黄華殿をそこの個室へ案内しておりました。黄華殿の滞在許可は出ておりましたが、場所については一任されておりましたので」
「そうだな。食材を調達することを考えれば、市井に出やすい場所が良かろうと、出入り機会の多い楽子山に依頼した。丁泉様も承知のことだ」
桓範が頷く。
「えぇ。それで黄華殿の希望は『煮炊きが出来て水場が近い』でしたから。ちょうどよいと思って、この飯場と休憩所を仮住まいにしてもらおうと」
軍が南部に移ってから、使われていませんし、と楽子山は続ける。
「ふむ。それ自体は問題ない。この場で聞くのも何だが、黄華殿は構わないか?」
「ん、念入りな掃除と厄除けはお願いしたいですね」
設備に問題はない。むしろ理想的だ。しかし、死体の隠し場所にされていたので、それなりの処置は欲しい。
「それは……そうだな。当たり前のことを聞いた」
桓範は間が悪そうに、楽子山へ視線を戻す。
「……それで、この飯場を案内していたわけです。ただ、黄華殿が何かを見つけて、」
「米粒ですね。食材が散らばる調理場などありえません」
黄華は口を尖らせて挟む。
「そう、それで米粒を見つけた黄華殿に頼まれ、そこの卓を動かしたところ……裏にあった保管庫に死体が」
「なるほどな」
「私とて武官。市井で死体と関わることもあります。そこで簡単に検めたところ、気になる点が二つ見つかりました」
楽子山は太い節のような指をたてる。
「ひとつは、こんな大きな卓で、まるで隠されるように死体が保管にあったこと。もうひとつは、首に痣がついていることです」
なるほど、と桓範は目線を落として、骸の娘を見た。
「つまり、そこの娘は首を絞められて死んだ。そして、卓で隠されていた。楽子山はそう見ているわけだな」
「そうです。この飯場は使われていないので人目もなく、凶行に邪魔も入らない。それに、その大卓は重くてよほどの力自慢でなければびくともしません」
そこまで語り、楽子山は拳を握って、がしっと合わせる。
「飯場が使われていないのに加え、隠す場所があることまで知っているのは、軍部に近い人物。そして、この大卓を隠ぺいに使えるのもまた、武官くらい。つまり、犯人は」
――――軍部に所属する武官の男。
桓範は顎に手を当て、お手本のように思案する仕草を見せた。椅子に座らせて石像にでもしたら、さぞや後世に残るだろう。
さしずめ銘は『考える人』あたりか。
「ふむ……。一応の筋は通っている様に思えるが」
桓範が黄華に視線を向けてくる。
「私にはそう思えません」
「では、お前の説を頼む」
黄華は座っていた樽から身を降ろした。
(どれだけ隠しても、味には種がある。それと、同じ)
軽く、咳払い。
「みなさんは、蟹を捌いたことはおありですか?」
「なにを言っている?」
桓範の眉間に、露骨な谷が出る。
「まあ、聞いてくださいよ。私はたくさん蟹を捌いてきましたが、うまく捌くコツというものがありましてね」
聴衆のふたりは目を合わせて、首をひねる。
「蟹も生きていますから、包丁で切ろうとすると暴れるんですよ。ときには、自ら鋏や足を落とすこともあります」
「その話が、そこの娘とどう繋がる?」
「簡単な話ですよ。つまり、生きている人間も、殺そうとしたら暴れるってことです」
心なしか、楽子山の目が開かれた気がした。
「暴れたら、どうなるか。手を振り回したり、爪で引っかいたり。きっと、相手も自分も、傷つくでしょうね」
「嬢ちゃん。まさか……」
「そう。その遺体の手は、綺麗なんです」
楽子山が身をひるがえし、遺体の傍らに膝をつく。
「確かに……」
「黄華殿、それはつまり、娘は抵抗しなかったと?」
桓範が目を細め、問う。
「えぇ。蟹の話に戻りますが、あの子たちが暴れるのを抑えるのには、主に酒、あれば氷を使います。これを人間で考えれば、恐らくは毒でしょう」
「動けないか、死んでから首を絞められた、と」
「おそらくは」
「なぜそんなことをする?」
桓範の疑問はもっともだ。殺すのが目的で毒を盛る機会があるのなら、わざわざ偽装をする必要はない。
「実は、その理由はわからなかったんです。でも、桓範さまの言葉で、私にはある仮説が出来ていまして」
「仮説……?」
「まず、これが連続殺人のひとつだとするとして、その場合に注目するべきことはなんでしょうか」
黄華は過ぎし日、はじめて桓範と丁泉に出会った日を思い起こす。あぁ、あれはひどい出会いだった。特に丁泉。
「注目するべきこと?」
「犯人が娘に限られることも気になりますが、そこはひとまず置いておきます。はじめに注目するべきところは『偽装工作が行われている』という点です」
「それは、どういう……?」
「要するに、この下手人は偽装をしないとまずい境遇にいる、ということです」
楽子山が半地下から見上げて、声をあげる。
「そりゃあ、当たり前の話だろうよ。捕まりたくなきゃ、逃げなきゃなんねえ。人に罪をなする、誤魔化そうとする、そんなのいくらでもある。問題は、『それをできるか?』って話だ」
ようするに『どうやって大卓を動かしたか』と、楽子山は言いたいのだろう。
けれど、もうその問いは解けている。
ゆえに、黄華は口角をあげた。
「その通りです。一見、力自慢の男にしか不可能に見える、大卓の移動。これができなければ、偽装にはなりません。そして、それは……」
黄華は、半地下で拾った、いくつかの米粒を弄ぶ。
「これを使えば、できてしまうんですよ」
黄華の言葉の後、続く音はない。
じゃら、と微かに米がこすれた。
ごくごく短い、引っ張ったような空気。
桓範が口を、ためらいがちに開いた。
「それは……米か?」
「えぇ、その通りです。地下の遺体側にも落ちていたものです。さて、楽子山さん、もし、あなたが巨大な石を運ぼうとしたら、どうしますか?」
「そりゃ、死ぬ気で押すか、馬にひかせるが……」
「それでも動かなければ?」
むむ、と楽子山は割れた顎を撫でる。
「例えば、丸太を置いて上を転がすとか……もしや?!」
半地下の保管庫から這い出て、楽子山は辺りを見渡す。
「いや、こんなところに丸太なんてねえ。持ってくるにしても、この扉は……通らねえな」
楽子山は頭をがしがしとかきながら、大息を吐く。
その様子を見ながら俯いていた桓範が、米粒に目を移す。そして、何かに気づいた様に面をあげる。
「黄華殿、もしかして……」
「お分かりになりましたか? 桓範さま」
「この土床に、米を敷いた、と?」
さすが、そつない文官は頭も回る。
「その通りです。下手人は土床と大卓の間に米粒を敷いた。そうすると、普通に押すより、はるかに小さな力で動きます。後は、米粒さえ回収してしまえば、工作の痕跡は捜索の等外というわけで」
「なるほど。馬車で街道を往くとき、砂利で車輪が空転すると危険、と聞いたことがあります。それと同じですね」
黄華は頷いて補足する。
「ですから、武官でなくともこの卓は動かすことができたと言えます。回収し損ねた米粒が高くついたかと」
「……筋は通るな。むしろ、偽装を共通項とすれば、同一人物の凶行と見做す方が自然か」
半ば独り言のように桓範は呟くと、手近な椅子を引いて腰を下ろす。そのまま口の前で両手を組むと、声を落として話始める。
「……これは伏せていた話ですが、実は、風車小屋で見つかった縄、それは藤蔓で作られていました」
「藤蔓?」
耳慣れない単語に黄華が聞き返すと、楽子山が補足してくる。
「軽くて丈夫な植物だ。油をしみこませて乾燥させると、軽くて丈夫な鎧の素材にもなる。……左都の方では、それを纏った兵を藤甲兵として運用しているとか」
「え、それって……?」
「そう。あの小船の件には、左都国、蜀の軍に通じる人間が関わっていると疑っていた」
他国の人間が領内で連続殺しを犯しているとなれば、外交問題一直線の話だ。まして、この大陸の国々は、表立って戦争をしていない。
この不思議な均衡が成り立ってから一〇〇〇年もの間、各国は平和を維持し続けているのだ。
(そんな中、火種になりそうな自体が起こったら……)
大事にならないよう、伏せていて当然だろう。
思っていたより面倒な話に、黄華はこめかみが動くのを抑える。謎の異国料理の件に加えて、懸念材料は全て炒め物にでもしてしまいたい。
ため息交じりに、黄華は訊いておく。
「『左都の軍に通じる人間』それから、『武官が無理やり首を絞めて、ここに隠した者』私の知る二つの事件を偽装としましょう。そこに、お二人がご存知の事件と偽装を加えると、犯人像はどうなるんですかね?」
なんせ、『娘が狙われる』事件だ。腕っぷしはからきしの身としては、せいぜい怪しい人物から離れておく他にない。
「元々は男と想定していましたが……違うかもしれません」
「犯人は女性、と。……何となくですが、私もそんな気がしますね」
黄華は肩を落とした。面倒が増えるかもしれないが、せいぜい男手をあてがってもらうとしよう。
「そうそう。桓範さま、『少尉』の件はお願いしますね」
「あー、その件ですが……」
桓範は微笑を浮かべ、黄華と楽子山を交互に眺める。
なぜだろうか。どこか不穏な感じがする。
「犯人がわかったら『少尉』でもあげられましたが、ここまでの情報では『将兵都尉』がいいとこですねえ。武官位ですから、文官ばかりのこの城では一目置かれますし、楽子山との連携もしやすいでしょう」
「え、えぇ……」
不満顔の黄華の肩に、ぽんと手が置かれる。
なんや、と思えば、楽子山がにやにやしている。
「五品相当なら十分だろうよ。まあ俺は、嬢ちゃん、あんたより上だがな」
「……」(今回も私に負けたのに)
「何か言ったか?」
「いいえ。なにも」
楽子山より下というのは、正直、不満ではある。
「まあでも、私の『仕事』に支障がなければ構いません。それよりも……」
とんとん、と扉が叩かれている。
さしずめ、医官が待ちくたびれて催促しているのだろう。
すでに、おおよその経緯は明らかになっている。
それでも、使われた毒がつまびらかになれば、もっと下手人に繋がる情報が得られるかもしれない。
「もう確認しておくことはないですか? 運び出して検死後、この辺りも掃除するでしょう。痕跡を探すならこれが最後です」
「いいえ。私はむしろ、掃除待ちですから」
黄華は首を振る。
さっさと綺麗にしてもらって、料理にかかりたかった。
与えられた部屋で寝転び、天井を見つめる。
(意外と、思うようにはいかないものだな)
結局、飯場の清掃には三日かかった。




