16.米粒
「それで、ここがあんたの部屋だが……」
隆中から馬と船を乗り継ぎ約二日。鈴猫の飯宿には戻らず、黄華は荊央の城へ入った。
(達成すべきことは二つ。そう多くない)
伊予が望む『壇州』の料理、正体不明のそれを作ること。
それから、伊予の娘であり丁泉の嫁の千代、彼女を黄華の味方とすること。
(これができれば、丁泉の外堀は埋めたも同然……)
思わず頬が緩んでしまう。
「おい、聞いてるのか?」
「え? あぁ、ここが私の部屋だと」
はあ、とため息をついて、楽子山は部屋の中を進む。
「煮炊きができて、水場が近いって条件だったからよ」
「お、おぉ! すごい!」
黄華は、思わず驚嘆の声をあげる。
そこは、土がむき出しの床と、石の壁で囲われた空間。
「本当にここを使ってよいと?」
「あぁ、この通り、いまは使ってないからな」
元は兵卒用の飯炊き所だ、と楽子山は卓の布を剥ぐ。
「多少、掃除は必要だが、十分使えるだろ」
「えぇ、えぇ。十分ですよ!」
まさに、黄華にとっては感動の光景だった。
いくつもの地竈がずらっと並び、入浴にも使えそうな大きさの水瓶たちも置かれている。壁面には大小さまざまな包丁があるし、卓の広さも十分すぎる。
なにより、飾り気が一切存在せず、実用一点張りなのが実にいい。見栄えがどうだとか、雰囲気がよいとか、そんなことはどうだっていい。
調理場は絵を描く場所じゃない。飯を作る場所なのだ。
「あれ?」
「なんだ? どうした」
「いや、こんなところにお米が」
「よくそんなの見つけるな……」
楽子山が呆れるのもわかる。
落ちているのは一粒。それも、壁のすぐ脇だ。
それでも、黄華としては見逃せない。
米は食材なのだから、漏れなく丁寧に扱うべきだし、それが落ちているとなれば、清掃の不足でもある。
「こういう小さいところに気遣えないと、いい仕事はできませんから」
そういって、黄華は膝をつく。
(ん……?)
なんだろうか、微かに鼻を突くような臭いがする。
米粒を左手でもてあそびながら、付近を伺う。
(臭いの元は……あの卓か?)
卓に近づくと臭いが強くなる。不審さに卓を動かそうとするが、びくともしない。
「楽子山さん、ちょっと手伝ってください」
「何してんだ嬢ちゃん。それはあんたの細腕じゃ無理だぜ」
おそらくは、野営に使う高卓あたりだろう。かがり火か飯の釜を置くかは知らないが、頑丈でひどく重たい。
「二人で……動かせますかね?」
「あ? こんなの……こうだろ!」
楽子山が横に立ち、むん、と力を込める。
眉間とこめかみに、力筋を立てながら楽子山がうめく。
「ふんぬぬ、ぐう、おおう!」
(こいつ、化け物かよ……)
持ち上がる高卓に呆れながら、動いた高卓の影を覗く。
そこには、半地下の収納空間が続いていた。暗所に保管するような、酒樽や炭の山が見える。
(米粒がまた……)
落ちている米粒に、不穏な感覚を覚える。
漂う臭いは、確実に強くなっていた。
鼻が利く黄華でなくても、もうわかるだろう。
この臭いは……。
「楽子山さん!」
額を拭っている楽子山を強く呼び……
黄華は、放たれたように空間を覗き込んだ。
「やっぱりか……」
「なんだ……って、おい。こいつあ……」
二人の視線の先にあるもの。それは。
倒れている、女だった。
「おい、大丈夫……なのか?」
「私にはわかりません」
「くそ」
楽子山は女の元へ駆け寄ると、その状態を確かめる。
ぐったりと、女は動かない。
身なりから考えれば、この城で働く下女だろうか。
「だめだ。死んでる」
楽子山の声音は、光のない半地下よりも、暗く響いた。




