表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
15/32

15.城へ

 男が複数の妻を持つことは、そうめずらしくもない。

 昔っからそうだし、女性がひとりで稼ぐには、まだまだ困難がつきまとう。後宮のように極端な例はさておくとしても、地位と金を持つ者が多妻なのは、ありふれている。


(それにしたって、ややこしすぎるだろ)


 単純にいえば、『壇州(だんしゅう)』出身の老婆が望むものを作るだけ。

 けれど、そこには色々と付帯情報がついてきた。


(あんな変に盛った態度とらなきゃいいのに……)


 黄華(おうか)の胸中から熱が冷めていく。同時に、情事の後で思い返すような、どこか俯瞰した考えが頭をもたげる。


 丁泉(ていせん)は案外口下手で、うまく伝えられないからこそ、あんな態度でただ誤魔化しているのではないか、と。


(いや、経験はないんだけどさ)


 黄華の表情変化を察してか、丁泉が問うてくる。


「そんなに意外だったか? それとも、依頼が気に食わなくなったか?」

「いいえ。丁泉さまのことを考えておりました」

「な、なぜだ?」


 露骨に焦った表情の丁泉に、黄華は冷たい視線を向ける。

 だいじょうぶだ、このくらいの温度なら、水も凍るまい。


「それより、いろいろ伺いたいのですが、構いませんか?」

「あぁ……構わないが。おい、出番だぞ」


 それだけ言うと丁泉は桓範(かんはん)を黄華の前に置く。

 しょげていた桓範はのろのろと立ち上がると、再び口を開いた。


「えー、割に合わない桓範が何なりとお応えいたしましょう。割に合わないでしょうが、どうぞお訊ねください」

「いやそれ、引きずらないでくださいよ……」

「桓範……」


 ここの男どもは、本当にあれだ。面倒くさい。

 見た目は大人で地位もあるのに、性根が子供なのだ。


(手練れの女性らから聞くに、男はこんなものらしいけど)


 桓範はぶすっとした顔をぺしと叩いてから続ける。


「わかりました。しかし、どこから続けるのがいいですかねえ。正直、黄華殿に作ってほしい料理、その手掛かりはまったくないものでして」


「それなら、もうすこし依頼者のことを聞かせてください。何かわかるかもしれません」

「ふむ。それでは。御岳母様は名を『伊予(いよ)』と申します」


 桓範は続ける。


 およそ三〇年前に、当時の呉王が壇州へ外征したこと。

 不死の薬と奴隷確保を目論んだが、大した成果もなかったこと。


「はっきりいって外征は失敗でした。しかし、東呉は豪族の集合体。何としても成果を強調しなければならなかった。そこで、異国の妃だとして祭り上げられたのが」

「『伊予』さん……と言う訳ですね」

「その通りです」


 何とも論評に困る話だ。

 遠い異国へ攫われた、悲運の娘と嘆くこともできよう。

 けれど、見方によっては奴隷から姫への、華麗な出世でもある。


 奴隷の身分、いや、普通に庶民として生活するのに比べれば、異国でお飾りの妃をさせられたとしても、正直、お釣りがくる。


(ま、変に言及はすまい。私も味噌で粥を食えと言われたら、閉口するだろうし)


「それで、東呉の遠征って壇州のどこへ行ったのですか?」

「記録によれば、『壱岐(いき)』や『対馬(つしま)』、『肥前(ひぜん)』へ軍を進めたとあります。草の民の手引きもあったようですね」

「ふうん。なるほど……」


 黄華は顎に手をやって思案する。

 桓範の言が確かなら、『伊予』の出身地は、交易品の産地として見かけることが多い地域だ。珊瑚や鯨油、それから銀。食品では、小麦の太麺があった気がする。



「いくつか思い当たる物はありますが、東呉や荊央(けいおう)でも、似た物を食べることを考えれば、違うでしょうね」

「そうですか。それなら、他に気になることは?」

「そうですねえ……」


 正直、思いつかない。目先を変えてみる。


「ちなみに、丁泉さまの奥方というのは、伊予さんの実子ですか?」


 桓範はちらと丁泉を見る。


「えぇ、その通りです。外戚の男子に下賜され、その者から丁重に扱われたようですよ。その後、流行り病や食中毒やら、跡目争いやらもありまして……」

「うぉっほん!」


 丁泉が遮った。


「ともかく、紆余曲折あって伊予とその娘は東呉で揺るぎない地位に立った。それで俺の元に縁談が来て娶ったわけだが、呉を発つ直前に、伊予が『旅立つときの飯』を食いたいと言い出したらしい」


 大事な娘が旅立つわけだからな、と丁泉。


「なるほど。娘に向けた、母からのささやかな贈り物ってわけですか。政略と外交まみれの婚姻に残った、ひとさじの愛ですねえ」

「そこまで言うか?」

「え、じゃあ、丁泉さまは愛しておられるのですか? えーと、その……奥方さまを」


 興味半分、好奇心が半分。

 丁泉は、なんと答えるだろう。


 黄華は、じっと丁泉の瞳を見つめて、逸らされた。


「……話の続きだが、伊予は海の側で育ったそうだ。しかし、求める料理は魚の類ではないらしい」

「うっわ。答えないとか最低ですね」

「何とでも言え。どうせ、俺に選ぶ権利などない」

「……むう」


 そうかもしれないが、少なからず心動いて欲しいと思うのは高望みだろうか。そうであれば機会限られようと、尽くす者も多かろうに。


(待てよ。もしかしたら)


 一つの可能性に思い当たる。一夫多妻、それは単純な数で言えば、妻の方が多いことを示す。もし、妻一同が結託して夫に当たるようなことがあれば。


(昔から、そうやって影から操った例も多い)


 黄華は手を挙げた。


「丁泉さま、でしたらこういうのはどうでしょう?」

「なんだ?」


 丁泉は黄華に不機嫌な視線を送る。


「私が伊予さまに、直接調理方法を伺う、という方法です」

「だめだ」

(だめか)


 丁泉は虚空を見つめて目を細める。


「と、言うより、できない」

「それは……どういう?」

「伊予様は一度、東呉に戻られているのです」


 桓範が口を挟む。


「で、では……えぇと、奥方さまの方は?」

「『千代(ちよ)』様、ですね。千代様は荊央の城にいますが……」

「それなら、千代さまに。何かご存じかも……」


 伊予を経由して千代に接触するより、黄華にとっては直に話をできるほうがありがたい。


「構わんが……あれはお前らの思うほど甘い女ではないぞ」

「? それはどういう……」


 言い終わらないうち、馬の嘶きがした。

 どこかで聞いた、野太い声も耳に入ってくる。


「丁泉様! 桓範様! いませんか!?」


 窓の外にはいくつもの松明が見える。

 さすがに帰りが遅いとして、捜索されたのだろう。


楽子山(がくしさん)のようですね」

「ちょうどよい頃合いかもしれないな」


 丁泉が服に着いた埃を払いながら襟を正す。


「本当に、来るか?」

「まあ、乗りかかった船ですし。それに、」

「それに?」


 一瞬緩んだ口元を、黄華はさらりと戻す。


「いいえ。なんでも」

「おかしなやつだな……」


 丁泉は気づいていない。

 黄華が心の底で何を思っているかを。


(うまくやれば、千代さんを味方に出来るかも)


 たとえ、この仕事を上手く終え、桓範を手にしたとて、それではまだ足りないと黄華は踏んでいた。


(あの奸雄紛いの男に抵抗するには、他にも駒が居る)


 長い付き合いの桓範を尻に敷き、政略の花嫁を篭絡する。それさえできれば……


「私は食わせるのが好きなのであって、喰われるのは趣味じゃない」


 黄華の不敵な独り言を聞く者は、誰もいなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ