14.依頼人は
「丁泉さまは、私を占い師だとでもお思いで?」
黄華はため息を混ぜながら、額を押さえる。
「そんなことはない」
あばら家を城に思わせる威容。
そんな凡人離れした風格を漂わせ、丁泉は足を組む。
丁泉の王たる資質は本物だ。その彼に頼まれたとあれば、黄華とて本気で挑まねば矜持に関わる。
(ただ、これでは、どうにも……)
何の料理を作るのか分からなければ、作りようがない。
さしずめ、席に呼んでおきながら、注文を迷う客のようなものだ。
仕方ない、と黄華はお決まりの言葉を投げる。
「では、ご注文がお決まりの頃、また伺います」
「なんだ。自信があるのかと思えば」
「えぇ。やる気もありましたよ。ついさっきまで」
天蓋を回る月が、ゆっくりと部屋の中を照らす。
頬に手をついた丁泉と腕を組む黄華。
そこに、桓範が一歩進み出た。
「丁泉さま。私の言をお許しいただけますか」
「構わん。いっそ、始めから説明してやってくれ。こういう面倒なのは、お前の方が向いている」
それでは、と桓範は頭を下げ、黄華へ向き直る。
「色々あって、お忘れになってしまったことも多いでしょうから……。そうですね、まず丁泉さまと私が黄華殿を訪ねた理由からが良いでしょうか?」
「えーと確か、船に川を遡らせた仕掛け、それが施された『水車小屋』が見つかった、そう言っていましたよね」
思えばずいぶん長い一日だと、黄華は回想する。
「えぇ。ですが、それは口実でして。本題は『調理方法のわからない料理』を作れるほどの腕前か? の確認でした。楽子山の報告でも聞いていましたが、どうやら黄華殿の料理の腕は本物のようですから」
「そうだな。ずいぶん回り道をしたが、確信は持てた」
先ほどの夕餉は美味かった、と丁泉が口を挟む。
「そういえばそんな感じでしたね。最初は胡散臭くてどう断ろうかと思いましたが……今となっては、まあ」
べつにつくっても、いいですけど、と小さく呟く。
「? 今となってはなんだ? 聞こえなかった」
「気にしないでください。それで、結局、『何を作ればいいのか、調理方法がわからない』のですよね?」
「えぇ、そういうことです」
そこで、桓範は人差し指をぴっと立てる。
「その理由はいくつかありますが、まず、一つ目。依頼者は病に臥せり、長く話せないこと」
「それでも、紙を渡すなり、方法はありそうですが。確か、貴人と言っていましたよね。識字も教養の一つでしょう」
読み書きのできる人間は限られる。しかし、その者は丁泉や桓範など、身分が高い者をこうまで働かす人物だ。
読み書きができない方が、不自然ですらある。
「えぇ。もちろん。しかし、残念なことに……」
「読み書きができない、と?」
「はい。何を隠そう、依頼者は異国出身ですから」
「あー……なるほど。そうでしたか」
徐々に話が見えてきた。
(臥せった高齢の貴人からの依頼。何とか叶えたいものの、貴人は長く話せず、読み書きも難しい……と)
あれ、と黄華は違和感を覚えた。
(でも、それなら、なぜ私が試されるんだ……?)
いま、問題として挙げられたのは、意志の疎通のはず。
ならば、必要なのは、料理が得意な者ではなく、異国語に長じた者でなければおかしい。
「……もしやと思いますが、調理方法、それに、何を作ればいいか分からないって言うのは……」
黄華は、丁泉と桓範の二人へ伺う視線を向ける。
そのとき、桓範が、笑った気がした。
ゆっくり、それでいて端麗に。
「そう。ご想像の通りです」
桓範の伸ばされた人差し指の隣に、二本目の指が立つ。
「あなたには、異国の料理を作っていただきたい。名前があり、味を知る者もいる。しかし、この国の人間は誰も見たことがない。その料理を」
黄華は叫んだ。
「そんなの絶対、無理でしょ!」
「おいおい、自信があるとか言ってなかったか?」
「いやいやいやいや」
「桓範が婿に欲しいんだろう?」
「そんなのじゃ、割に合いませんよ!」
「えっ」
売り言葉に買い言葉の流れ弾。桓範の顔が引きつる。
「いくら私でも、異国の料理なんて数えるほどしか知りません! だから、ちゃんと調理方法を聞いてきてください! だいたい、異国ってどこですか? 草の民とか、岩の民なら、けっこう都にいるはずでしょう?」
「だってよ。どう思う? 桓範」
「いま私に聞かないでください。どうせ、どうせ……」
桓範は床にのの字を書いていじけている。
「あー、もういじけるなよ。しょうがないな……どこの国か知りたいなら、俺が教えてやるよ」
なんだか、妙に嫌な予感がする。
「……え、聞きたくないです」
「『……州』だ」
「あー、聞こえません!」
絶対に、聞かない方がいい。ただの直感でしかないが、これを聞いたら、もっと厄介なことに巻き込まれるに違いない。
黄華は耳を覆って目をつむった。
「ちょ、やめ……」
もう、丁泉は目の前にいる。逃げたかった。
でも、だめだった。手荒じゃない。けれど、高い上背とあんな大きな手から、逃げられるはずなんてない。
黄華は壁に右手を押し付けられる。
「どうやら、聞いてくれないようだからな」
耳元に丁泉の口が近づいてくる。
ふわっとした、上等の香のせいだ。やけにざわざわと、空気が薄くなっていた。
「『壇州』いや、『倭国』と言うべきか。依頼人は、そこから攫われてきた。付け加えれば、」
『壇州』海を隔てた遠国。でも、それどころじゃない。
耳が、変に熱い。
「俺の嫁、その母。つまり、依頼人は俺の義母だ」




