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13.真贋

 夕餉(ゆうげ)を終え、片づけをすること四半時ほど。

 黄華(おうか)は男二人の談笑から離れ、軒先の石に腰を下ろす。


「馬鹿話なんて、さっさと終わんないかな」


 こんな辺境では、月明かりと星以外、何も視えない。 

 ただ、虫の鳴く声だけが聞こえた。


 黄華は、ふうと息を吐いて、思う。


 草の中で鳴く虫はいい。

 微光で夜を舞う虫も許そう。

 けれど。


「お前は許さない。近寄るな!」


 ぴしっと、左腕に着地した蚊を叩いた時だった。


「……な、何か気に障ることでもしましたか?」

「いえ、桓範(かんはん)さまに言った訳では……」


 尻を払って立ち上がる。

 桓範の顔がひきつっていたのは、たぶん気のせいだ。


「それで、お話は終わったのですか?」

「えぇ。さすがに本題へ入ろうとなりまして」


 桓範に促され進む。


(悪い人じゃないんだけどなあ)


 整った服装、洗練された振る舞い。

 桓範はどこに出しても恥ずかしくない役人だろう。


 だからこそ、思ってしまう。


(残念なお人だ)


 こんなところまで黄華を連れてきて、夜半に密談とは、まるきり夜盗か逃亡者のそれじゃないか、と。


 あつらえたように朽ちたあばら家は、桓範と調和しない。

 対比がより際立って、寄せ集めた紛い物(まがいもの)みたいで白けてしまう。


 桓範は、がたがたと音を立てる扉を開けた。


丁泉(ていせん)さま、黄華さまが来られました」

「そうか。通せ」

(通せ、ってさっきまでそこで飯食ってたやん)


 嘲るような素振りで、桓範に続く。

 だが……


 足を踏み入れた瞬間、思わず、息を吞んだ。

 自然と、膝が落ちた。

 頭が垂れそうになるのを、堪える。


「何がおかしい?」


 無意識のうち、黄華は獰猛な笑みを浮かべていた。


「嬉しくて、でしょうね」

「そうか」


 ここはもう、単なるあばら家ではない。


「機嫌がいいなら構わん。まずは夕食の礼をしよう」

「もったいないお言葉」


 何も変わらない。調度も、剥がれた壁も変わらない。

 だと言うのに。


(こいつは、本物だ)


『圧倒的な覇気と威容』

 丁泉のそれが、すべてを飲み込んでいた。


「楽にしてくれ。隆中に来た発端、その続きを話そう」

「えぇ。望むところです」


 ここは王の御前だ。

 時間や場所は関係なく、人の頂点に立つ存在。


(きっと、私はこの人に嫁ぐのだろうな)


 小細工を弄しようと、本物には抗えない。

 これまで黄華が、自身の料理で婿入り男を蹴散らしてきたのと同じように。

 今度は、自分が屈服されるだけだ。


(いや。こんな奴を待っていたはずだ)


 本物は、本物を知る。

 黄華は飽きていた。いや、失望していたのかもしれない。


 紛い物の舌、曇った瞳、そんな客に、私の芸術、料理の味がわかるのかと。


 だから、笑ってしまった。

 ようやく会えた本物と、見抜けなかった、馬鹿で阿呆で腑抜けていた自分に。


「それで、何を作れば良いのですか?」


 迷いはない。

 持てる全てで、本物、丁泉の望む物を作ってやろう。

 それが例え、どんな料理であろうとも。


 丁泉は顎に手をやって、手繰るように宙を見た。

 ごくり、と黄華は息を飲む。


「……それがわかれば、苦労しないんだ」


 黄華は盛大に、ずっこけた。

 石臼がなくて良かった。それだけ、思った。

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